あの50日の旅から命からがら戻ってきたぼくは、ある日突然承太郎に告白された。
「好きだ」
学校からの帰り道、交差点で信号が青になるのを待つ間にぽつりと彼が呟いた言葉に、ぼくはひどく動揺して、思わず右手に持った鞄を取り落としそうになった。
「う、嘘だ」
「……嘘じゃあねえ」
ぐい、と引き下げられた帽子の隙間から、りんごみたいに真っ赤に染まった承太郎の頬が見えた。よく見ると、鍔を掴んだ彼の手が小刻みに震えている。
「はじめてお前を見た時からずっと好きだった。お前が死んじまうかもしれねえと思ったら我慢できなくなった」
気持ち悪かったら言え、もう会わねえ、と告げる承太郎の低い声が、今にも泣き出してしまいそうに揺れていて、ぼくは思わず彼の学ランを掴んでいた。
「ちがう、驚いただけだ。ぼくも、ずっと好きだったから……」
夢じゃあないよな、見開かれた緑の目を見つめて問えば、きつく抱きしめられた。ああ、と承太郎の唇から感じ入った声が漏れる。
「何回だって言ってやる…花京院、おれはお前が好きだ」
男らしくごつごつした彼の手がぼくの顎をとり、上を向かされる。ぐっと腰を抱えられ、つま先立ちになる。美術の教科書で見た、彫刻のギリシャの神々みたいに彫りの深い顔立ちが迫ってきて、そのあまりの迫力に気圧されてぼくはぎゅっと目を閉じた。
途端、唇に柔らかくあたたかな感触が降ってくる。生まれて初めて味わうその感覚に、ぞくぞくと背筋が震える。うまく息ができず、頭がくらくらする。ふぁ、と鼻にかかった声を漏らすと、名残惜しげにゆっくりと熱が離れて行った。
「あ、あ……」
脚に力が入らず、思わず崩れ落ちそうになった体を承太郎に支えられる。ぼうっと彼を見上げれば、今まで見たこともない、随分と余裕のない顔がそこにあった。
「…なんて顔してやがる」
だがしかし、緑の星みたいな彼の両目には、彼以上に情けなく切羽詰まった顔のぼくが映りこんでいた。ぼくは堪らなくなって、熱く疼く体を叱咤して必死に承太郎に縋りつきながら、震える声で何度も好きだと呪文のように唱え続けた。
そんな経緯で承太郎と付き合うようになって早三ヶ月、ぼくたちは何度か高校生らしい健全なデートをし、その都度実に高校生らしい不健全なスキンシップを試みた。都合がいいことにぼくの両親は共働きで帰宅が遅いし、彼の家は部屋がたくさんある上、ホリィさんはぼくと承太郎に優しかった。
唇を触れ合わせ、互いの体を確かめるように撫でまわし、手と口で性器を刺激し合うのは堪らなく気持ちいい。彼と体温を分け合うのはひどく心地よかった。そのうち段々と役割分担ができ始め、どうやらぼくが受け入れる側になるのだろう、と気付いたのは先日のことだった。ぴたりと合わせた太腿の隙間に熱く滾る承太郎のペニスが入ってきて、何度もにゅぷにゅぷと出入りして、脚の間に精液を打ちつけられた時、ぼくはなんとなく察したのだ。
そしてとうとう、今日はぼくの剥き出しになった裸の尻に、彼の性器が押しあてられ、ぼくはそこで思わず、ちょっと待ってくれと叫んでいた。
「……どうした。嫌か」
ぼくの足首を掴んだまま、承太郎が困ったように眉をしかめて、そう聞いてきた。だからぼくは慌てて、それを否定しなければならなかった。
「いや、その、この期に及んでやめたいってわけじゃあないんだ」
その、伝えなければならないことがあって、とつっかえながら言えば、不思議そうに承太郎が覗きこんでくる。
「ぼ、ぼくはその、他人とこういうふうなことをするのは、恥ずかしながら、君が、は、はじめてなんだ…」
彼の熱い視線に耐えられず、手で顔を覆ってそう告げると、そうかと少し上ずった声で返事が返ってきた。
「おれもそうだ」
ちゅ、と太腿にキスが降ってきて、ぼくはそこでがばと跳ね起きた。
「え、う、嘘だろ…いや、嬉しいけど、まさか」
「嘘じゃあねえ」
拗ねたような、照れたような顔の承太郎につられて、ぼくもますます顔が赤くなる。
「そ、そうか…」
「…そうだ」
二人してしばし気恥かしくて黙り込み、甘くむずがゆい空気が流れた。ぼくは下を向いてもじもじと膝を擦り合わせていたが、意を決して顔を上げた。
「その、実はぼくは…」
「怖くて指も入れたことがないんだ」→2ページヘ
「君に抱かれるのを想像して自分で慣らしてたんだ」→3ページヘ