
海洋学者と高校生の話
ぼくは承花島の高校に通う、「花京院典明」の一人である。先月十七歳を迎えたぼくは、とうとう明日、生まれて初めて「承花マッチングテスト」なるものを受けることになった。
聞いたところによると、どうやら「承花マッチングテスト」には、ペーパーテストと実技試験があるようだ。その結果によって、ぼくと最も相性の良い「空条承太郎」が選別されるのだそうだ。
ぼくは一体、どんな「空条承太郎」と番いになるのだろう。その「空条承太郎」は、ちゃんとぼくのことを好きになってくれるのだろうか。
少しの不安と期待を抱きつつ、ぼくは何度目かわからない寝がえりを打った。なかなか眠れずにそっとカーテンを開けて外を窺うと、星々が煌々と美しく輝いている。
ぼくの運命の「空条承太郎」も、どこかでこの星を見ているのだろうか。そう思うと、まだ見ぬ彼とほんの少しだけ、繋がれるような気がした。
結局その後はほとんど眠れず、翌日ぼくは寝不足のために全く働かない頭で、ふらふらしながら「承花マッチングテスト」を受けることになった。
まず最初にペーパーテストがあり、ぼくはひたすら「好きな色」だとか、「好きなミュージシャン」、「好きな俳優」の欄を一つずつ埋めていった。質問は百個ほどあり、後半は質問文を読むだけでへとへとになってしまった。
最後の問題は「知っている雑学を書け」というもので、ぼくは何を書こうか散々迷った後に、「香港では茶瓶の蓋をずらしておくと、お代わりを持ってきてくれる」と書いておいた。まあぼくは生まれてから島を出たことがないので、本で読んだだけの雑学なのだが。
午後になると実技試験があり、一問目は「朝食を作れ」というものだった。料理なんてあまりしてこなかったから自信がなかったけれど、ぼくは手早くパンケーキを作り、それだけじゃあなんだか寂しい気がしたので、スクランブルエッグとソーセージを添え、ついでにコーヒーを淹れた。作った後で卵料理ばかりで野菜が無いな、と思ったが制限時間がきてしまい、もうどうすることもできなかった。
実技試験の二問目は「チェリーを食べろ」という不思議なもので、ぼくはこの問題にどういう意味があるのか全く理解できなかった。試験会場に設置されたビデオの前で、ぼくはいつものように舌の上でレロレロとチェリーを転がしてから、そっと柔らかい果肉に歯を立てて、甘くさわやかな旬のチェリーを味わった。チェリーは大好物なので、この問題はぼくにとっては嬉しかったが、どうやったらこれでぼくに最適な「空条承太郎」がわかるのだろう。まったくもって謎である。
その他にもいくつかの課題があり、眠気と闘いながらも、ぼくはなんとか全ての試験を終え、よろよろしながら家へと辿り着き、帰るなりすぐにベッドへごろりと寝転んだ。正直言って、テストの出来には全く自信がなかった。もう少し普段から家事をやっておけばよかったな、とほんのちょっぴりぼくは後悔した。
枕に顔を埋め、長い溜息をつくと、自然と涙が出てくる。なぜならテストの冒頭の注意書きには、こう書いてあったのだ。
「承花マッチングテストは、最適な番いが見つかるまで、毎年受ける義務があります」
「一回のテストで、番いが見つからない場合もあります」
もし、いつまでも番いが見つからなかったら、どうなるのだろう。あんなテストで、ぼくの何がわかるのだろう。そもそも、本当にぼくの番いたる「空条承太郎」は存在するのだろうか。
次々に不安が押し寄せてきて、堪らなくなる。早く結果が出ますように、そしてそれは良い結果でありますように、とぼくは何度も心の中で神様に願い、そうして祈り疲れて、いつの間にか眠ってしまっていたのだった。
それからの毎日、ぼくはもう「承花マッチングテスト」のことは考えないようにして、家と学校を往復するだけの、淡々とした生活を繰り返していた。変化といえば、テストが終わってしまった今となっては、やってもしょうがないかとも思ったが、暇を見つけて料理の練習をするようになったことくらいだ。
そうやって一カ月ほどが過ぎ、ほとんど「承花マッチングテスト」の存在を忘れかけていた頃に、ぼくは突然職員室に呼び出された。一体何だろう、と思っていると、教師にぶ厚い封筒を渡される。
「おめでとう、君も運命の『空条承太郎』とマッチングしたんだね」
よかったね、と肩を叩かれても、ぼくは何が何だかわからずに、封筒を握り締めたままぼうっと突っ立っていた。職員室の教師たちによる祝福の拍手に促され、呆けたままぼくはのろのろと封筒を開け、そして目に飛び込んできた「承花マッチングテスト結果通知」の文字に、驚いて倒れそうになる。そこには、こう書かれていた。
「花京院典明殿、あなたが先日受けられました『承花マッチングテスト』の結果が判明いたしましたので、書面にて通知させていただきます。
今回のマッチングテストにて、あなたにマッチした『空条承太郎』のプロフィールを同封しております。また先方にも、あなたのプロフィールを送付させていただいております。
このたびは『承花マッチングテスト』にご参加いただきまして、ありがとうございました。末永くお幸せに。承花マッチングテスト実行委員会より」
ぼくはその手紙を握りしめ、必死に文字を目で追いながら、しかし半分も意味を理解できていなかった。最適な番いの「空条承太郎」とマッチした、という事実にぼくの体は慄き震えていた。
「び、びっくりして、足が震えて……あの、その、ぼく、早退します……」
動揺して上擦った声でそう告げれば、教師は苦笑しながら早退を許可してくれた。
「ぼくも自分がマッチングした時は、そんな感じだったよ」
と笑う教師の左手の薬指には、使いこまれて細かな傷のついた指輪が光っていた。
どうやって家までの道を帰ったのかも、全くわからなかったが、ぼくはなんとか自宅にたどり着いたようだった。そうしてしばらくの間、ぼーっとソファーの上で過ごした後に、もう一度のろのろとあの手紙に目を通す。手紙にはぼくにマッチした「空条承太郎」の詳細が十枚ほどのレポートにまとめられていた。
ぼくは震えて上手く動かない手で、握り締めた部分をくしゃくしゃにしながら、必死にレポートを捲る。その間中ずっと、心臓はドキドキと早鐘を打ち、緊張で喉はからからに乾いていた。ぼくは目を見開き、一文字も見落とすまいという気迫で、夢中になってレポートの文章を、噛みしめるように繰り返し読んだ。
レポートには、ぼくの番いの「空条承太郎」が、ぼくより十歳ほど年上の海洋学者であること、彼は現在長期の海洋調査に従事していて、ここから百キロほど離れた海の上で鯨の研究をしているらしいこと、そのため会えるのが春先になるということが書いてあった。
春先と言ったら、あと半年ほどもある。すぐには会えないのか、と思うとひどく寂しい気持ちになった。せっかくぼくの番いが見つかったのに、早く会いたいな、とぼくはまだ一度も会ったことのない、ぼくだけの運命の「空条承太郎」に思いを馳せた。
レポートには、海洋調査に旅立つ前に撮影された「空条承太郎」の写真と、彼の執筆した論文が何本か同封されていた。写真の「空条承太郎」は惚れ惚れするくらい整った顔をしていて、ぼくは飽きもせず、穴が空いてしまうんじゃあないかというほど、しばらくの間じっとその写真を見つめていた。
写真の「空条承太郎」は、全世界が嫉妬しそうな美しい顔を帽子で隠すようにして、深海のような不思議な色合いの瞳でこちらを見つめていた。ぼくは彼の輪郭を何度か指でなぞり、それからふっくりとした唇の上にそっと口づけた。
「あ……」
その瞬間、ぼくは自分の脚の間に熱が集まるのを感じた。戸惑いながらもそこへ手を伸ばすと、制服のズボンの中で、やはりぼくの性器はゆるく兆している。どうしよう、と思いつつも、我慢などできるわけもなく、既にはしたない指先は勝手に下着の中へと滑り込んでいた。そっと指先がペニスに触れた瞬間、甘美な電流が流れ、ぼくはすぐに夢中になって自身を扱き始めた。
「あ、あっ……ん、ふ、んんっ」
背を丸め、上体を倒すようにして、少し乱暴にペニスを擦ると、途方もない快楽が襲ってきた。腰のあたりに甘く狂おしい毒がどんどん溜まり、開放を求めて渦巻いている。体はどこもかしこも切なく疼き、ぼくはどうしようもできずに、もじもじと太腿を擦り合わせた。
「あっ、あっ……うぁっ……ふ、っは……」
薄暗い部屋の中で、くちゅくちゅという水音と、荒いぼくの呼吸音だけがやけに響く。壁に貼られた世界地図だとか、学習机の上に積まれた英語の参考書、ふせんだらけの数学の問題集が、今はひどく馬鹿馬鹿しく、薄っぺらく感じられ、ぼくのような淫らな男には、全く似つかわしくない気がした。
「あ、あ……ひ、う、ううっ……」
ひとり自慰に耽りながら、気持ちよくて堪らないのに、なぜか切なくて涙が浮かんでくる。承太郎、と今は遠い海の上で、研究に勤しんでいるであろう運命の相手を想い、ぼくは彼の名前をうわごとのように何度も呼んだ。
「じょうたろ、じょうたろっ……さみしいよ、はやくあいたい……」
そうして、溶けるほどぼくを愛して欲しい。ぼくの存在が曖昧になるくらい激しく、とろとろと輪郭が解けて、承太郎と混ざり合ってしまうくらい情熱的に。
「あ、あぁっ、あっ、でる、もう、あ、あ、ああっ……」
今ここにはいない承太郎のことを考えながら、激しく手を上下させると、太腿のあたりが引き攣れるように痙攣した。体中の血液が全て下腹に集まるような錯覚に陥り、なぜか胎の奥が切なくきゅう、と疼く。閉じきらない口の端からだらだら唾液を溢れさせながら、ぼくは夢中になって快楽を追った。
「あっ、すごい、う、んんっ、イく、ほんとに、だめ、イっちゃう、あ、あ―っ」
ぎゅ、と亀頭を握りこんだ瞬間、先端から勢いよく精液が飛び散っていた。腹筋が波打ち、どうしてだか後孔がひくひくと収縮するのを、ぼんやりと感じる。爪先にぎゅう、と力が入り、ぼくは思わず背中を小さく丸めていた。
「はっ……はあっ……」
番いを想いながら迎えた絶頂は、今までの自慰が遊びに思えるくらい、凄まじかった。自分が自分でなくなるような、あまりの快楽にぼくは怯えてさえいた。恐ろしいほどの喜悦の後には、射精後特有の気怠さが襲ってきて、ぼくはぐったりとベッドに体を横たえた。
「はあ……じょうたろう……」
心地よい疲労に溜息をつき、段々と頭が冷静になってくると、まだ会ったこともない番いをおかずに自慰に耽った罪悪感が湧いてきて、ぼくはごめんなさい、と彼の写真にお詫びのキスをした。
「……ん?」
そこでぼくは、写真の下になって隠れていた書類の端の部分に、「なお、空条承太郎氏と連絡をとりたい場合は、当方に伝書鳩の用意がございますので、下記まで手紙を郵送していただければ転送いたします」と書いてあるのを見つけた。
「手紙……」
そうか、ならば手紙を書こう。君と会えない半年間の寂しさを、何通ものラブレターで埋めよう。そうぼくは決心したのだった。
「なかに、十ばかりにやあらむと見えて、白き衣、山吹などのなれたる着て、走り来たる女子、あまた見えつる子供に似るべうもあらず、いみじく生ひ先見えて美しげなるかたちなり。髪は扇を広げたるやうにゆらゆらとして、顔はいと赤くすりなして立てり」
教師に指名された同級生が、すらすらと澱みなく源氏物語を音読している間、ぼくは板書をとるふりをして、ルーズリーフに承太郎への恋文をしたためていた。千年前の恋の勉強より、現代の恋の勉強をした方が有意義だろうと判断したためだ。
ぼくは手紙に簡単な自己紹介を書いた後、あなたという番いが見つかって非常に興奮しており、たまらなく幸せだということを、何ページにもわたって熱心に綴った。彼のことを思うと、いくらでもぼくの中から文章が湧いてくる。こんなに心が浮足立っているのは、生まれて初めてのことだった。
ぼくは退屈な古文の時間を、たっぷりと使って愛の言葉を綴り、それから手紙の最後に、研究が上手く進むように祈っていること、春にあなたと会えるのを楽しみにしていることを書いて、紅く色づいたもみじと一緒に封筒に入れた。
なかなか来ない手紙の返事を待つ日々というのは、もどかしくもあり楽しくもあった。毎朝ぼくは、からっぽの郵便受けを覗いては溜息をつき、それから気を取り直して、天気予報で彼のいる海域の天気と、波の高さをチェックするのが恒例になっていた。
だからその日も、トーストが焼けるのを待つついでに、手紙が届いていないか確かめに行ったぼくは、大して期待もしていなかった。どうせ何もない、と思いながら開けた郵便受けにはしかし、一通の手紙が入っていた。
一瞬、これは都合のいい夢なんじゃあないか、とぼくは思った。だってその封筒には、悠々とした筆跡で「空条承太郎」と送り主が書いてあったのだから。
あまりの興奮に、眠気も空腹もどこかへと吹き飛んで、ぼくは震える手で手紙の封を開ける。中には数枚の便箋と、コバルトブルーの海の写真が入っていた。そうして、手紙には以下のようなことが書いてあった。
「花京院くん、お手紙ありがとう。年甲斐もなく、少年のようにわくわくした気持ちで読ませてもらった。君という番いを得ることができて、わたしもとても嬉しい。
わたしは今までマッチングテストを十回ほど受けてきて、当たり前の話なのだが一度もマッチしたことがなかった。だから、わたしの伴侶はもう一生見つからないのかと思っていた。今回君の番いにふさわしいと判定されて、非常に光栄な気持ちでいる。
わたしも早く君に会いたい。よかったらこの寂しい男のために、また手紙を書いてくれると嬉しい。いつも君のことを想っている。空条承太郎より」
こんなの反則だ、とぼくは思った。手紙のせいで火照る頬を持て余し、ぼくはごろごろとベッドの上を転がる。ぼくの番いは何もかも恰好よすぎて、非の打ちどころがない。ずるい。こんなことされたら、ますます好きになってしまうじゃあないか。
はあ、と溜息をついて、ぼくはもう一度手紙を読んだ。最後まで読んで、そうしてまた初めに戻って読んだ。いつも君のことを想っている、のところは更に三度繰り返し読んだ。そうしてぼくは心の中で、そのフレーズの意味が擦り切れて、ただの音の組合せになるまで延々とリピートした。そうすると、綿菓子のようなふわふわとした幸福感がぼくを包むのだった。
ぼくはあれから何度か承太郎と手紙のやりとりをし、季節は冬になった。そうして、直接顔も見たことのない、声も聞いたことのない相手のことを、ぼく達はお互いに少しずつ理解していった。
スポーツは相撲が好きだとか、動物のドキュメンタリー番組を観るのがお気に入りだということを知るたび、ぼくはますます彼への興味を深くした。この前の手紙には、船の上の暮らしが長くなり、そろそろ海産物ばかり食べるのに飽きた、と書いてあって、思わずくすりと笑ってしまった。
春に承太郎に会う時は、きっとおいしいご飯をいっぱい食べさせてあげよう。海の上で魚を食べ飽きた彼に、恋しい陸の料理を作ってあげよう、とぼくは思った。彼のために、ぼくは本格的な料理本を買い、毎日テレビで料理番組をチェックするようになった。今日はてんぷらに挑戦してみようと思う。
ちらちらと雪の降る中、家への道を一人で歩きながら、ぼくは毎日彼のことを考える。こういう寒い日に、彼が隣にいてくれたらいいのに。承太郎を知るたび、彼への気持ちが強まっていく。早く会いたいよ、とぼくは小さく溜息をついた。
一日の終わり、ベッドに入る前に、カレンダーに毎日バツをつけながら、ひたすらぼくは春を待つ。また少し、彼と会える日が近づいた。
この半年あまりで、彼と交わした手紙は両手で数えられないほどになり、とうとうこの前の手紙に、承太郎の船が島に戻ってくる日が決まったと書いてあった。それを知ってからというもの、気持ちがはやるのを抑えることができない。
彼と会いたい。会って半年分の話をして、ぼくの作った料理を食べてもらって、それからぴったりと肌を触れ合わせて抱き合いたい。彼と会えるのを期待して、寂しい孤独な身体に熱が溜まる。
「ふ……う、あ、あっ……」
欲情を持て余して、屹立した自身を扱きあげると、先端から止め処なく粘液が溢れ、ぐちゅぐちゅ、と卑猥な水音が立つ。しかし、それだけではちっとも満足できず、ぼくはごくりと喉を鳴らした。彼を待つ間に、ぼくはどんどん欲深く、際限もなく淫らになる。
「っ……う、うぅん……」
もう片方の手を、性器とそれに連なる陰嚢の更に先へ、承太郎に抱いてもらえるのを想像して、そっと潜りこませる。少しの違和感をやりすごせば、この半年ですっかり慣れ親しんだ快楽がやってきた。
「あっ……あ、あ、きもち……は、あ、あぁ……っ」
ぬぷぬぷ、と浅い位置で指を出し入れし、くに、とペニスの裏側にある、くるみほどの大きさの器官を刺激してやると、目の眩むほどの喜悦が襲ってくる。
「あ、は、はあっ……あ、すごい、あ、あっ」
夢中になって快楽に浸り、酸素を求めて必死に喘ぐ。中に含ませた指を増やし、へこへこ腰を振ると、臍の下のあたりがどんどん甘い重さを孕む。瞼の裏で承太郎を想像すると、ひどく興奮し、充血した性器がふるふると震えた。
「あ、く、イく、あ、あっ、―っ」
思わず強く握り締めた自身から、びゅるる、と勢いよく白濁が迸り、顎まで飛び散る。ひくひく、と指を咥えこんだままの後孔が、切なげに蠢く。
「あ……ふ、あ、あ……」
脳からどっと快楽物質が溢れ、全身を駆け巡っていく。世界は極彩色に彩られ、部屋の照明がいやにキラキラと美しく感じる。ぼくは閉じ切らない口の端からだらだら唾液を零しながら、もうじき会える恋人のことを想った。
「花京院へ。お前がこの手紙を読むのと、おれが承花島に帰るのと、どちらが早いだろうか。とうとうこの海域での研究が終わり、先ほど船は島に向けて出発を始めたところだ。
マッチングテストの結果が出てから、この半年間ずっとお前のことを考えていた。この間など、とうとう夢にお前が出てきたほどだ。
秋におれのもとに送られてきた写真より、お前はきっとこの半年で大きく成長したに違いない。早くお前にあって声が聞きたい。何度も抱きしめたい。キスがしたい。おれはお前に夢中だ。
お前と会えるのを楽しみにしている。お前も同じ気持ちでいてくれると、とても嬉しい。愛している。空条承太郎より」
今日届いた手紙を思い出すたび、ぼくはにやにやと口元が緩むのを止められなかった。心が浮足立って、どうにも落ち着かない。家の中の空気さえ、ふわふわと甘い気がしてくる。
とうとう明日承太郎に会えると思うと、嬉しくてスーパーで食料品を大量に買いこんでしまった。そうして気合を入れてカレーの仕込みをしていたら、部屋中がスパイシーな香りになってしまって、ぼくは頭を抱えた。こんなインド料理店みたいな匂いの中で、ロマンチックな雰囲気になるだろうか。
ベッドに寝転がり、ぼくはドキドキしながら承太郎のことを考えた。明日、ぼくはこのベッドの上で彼に抱かれたりするんだろうか。緊張してあまり眠れそうになかったが、ぎゅっと強く目を瞑り、ぼくは早く朝が来るように祈った。
日曜日の朝、ぼくは目覚ましが鳴る前に起きて、いそいそと新品のワイシャツに袖を通した。エメラルドグリーンの薄いジャケットを羽織り、ベージュの細身の綿のパンツに脚を通す。少しは大人っぽく見えるだろうか。
港の近くまでバスを乗り継ぎ、埠頭に向かって歩いて行く。空は晴れ渡り、カモメが飛んでいる。承太郎が乗っていると思われる船が小さく見え、その影はぐんぐん近付いてくる。船員の家族と思しき人が何人かぼくより先に来ており、中には小さな子供を抱えた三十代くらいの「花京院典明」もいた。
ぼくは鞄の中に入れた承太郎の写真を、指先で落ち着きなく撫でながら、彼がタラップを降りてくるのを今か今かと待ち構える。ドキドキと心臓はうるさく鳴り響き、今にも口から飛び出てしまいそうだ。写真でしか見たことのないぼくの番いを、見落とすまいと目を凝らす。
一人、また一人と船から人が出てくるが、どれも違う。船員は久しぶりに地面を踏みしめると、すぐに家族と抱き合ったり、キスをしたり、歓迎の花をもらったりしていた。なかなか承太郎が姿を見せないので、ぼくは段々不安になってくる。
その時、一際目立つ白いコート、白い帽子の男が降りてきた。半年間、その顔を写真で見続けたぼくにはすぐにわかった。承太郎だ。ぼくの番いの承太郎だ。
ごくりと喉を鳴らし、ぼくは彼だけをじっと見つめた。承太郎は少し辺りを見渡した後、ぼくに気づくと、迷いなくずんずんこちらに向かって歩いてくる。ほどなくして写真で見るよりずっと美しい顔が目の前にやってきて、ぼくはあまりの緊張に倒れそうになった。
「花京院」
ぼくの名を呼ぶ彼の声は、想像していたより、ずっと低い落ち着いた声だった。ぼくはというとあんまりその声がかっこいいので、はい、という声が消え入りそうな小さなものになってしまう。
「会いたかった」
ぎゅう、と背中に大きな腕が回されて、ぼくはそれでようやく自分が抱きしめられている、ということに気づく。承太郎は大きな体を丸め、ぼくの肩口に顔を埋めると好きだ、と三回呟いた。
行きはバスで来た道をタクシーで帰りながら、ぼくは承太郎の横で縮こまっていた。会ったらあれを話そう、これを話そう、と思っていたのに、いざ隣に彼がいると、全然上手く話せないのだ。
膝の上で握り締めた手を、承太郎が優しく撫でる。ぼくは恥ずかしくて顔を上げられず、ますます身体を強張らせた。
「……そんなに怖がらないでくれないか」
悲しそうな声でそう言われて、ぼくは驚いて彼に向って、違うんです、と叫んでいた。
「その、あなたが、ぼくが思っていたよりずっと恰好よくて……どうしていいか、わからないんです」
嫌いにならないで、と懇願すると、優しく微笑まれた。くしゃくしゃと髪を撫でられ、肩を抱かれる。
「嫌いになんかなるわけない」
今日は、約束通りお前の家に行っていいのか、と聞かれてぼくは必死に何度も頷いた。承太郎は嬉しそうに、夢みたいだぜ、と笑った。
前日から仕込んだカレーは、本来ならばスパイシーな本場の味がする筈であったが、緊張で馬鹿になったぼくの舌では、全然味がわからなかった。その代わり、向かいの椅子に座った承太郎が、何度もうまいうまい、と褒めてくれるものだから、ぼくはますます頭がぼうっとした。
食後のデザートに、冷凍庫で器ごとキンキンに冷やしたレモンのシャーベットを、サクサク崩して二人で食べながら、ぼくはちらちらと承太郎を盗み見る。長い睫毛が縁取る瞳は、ぼくの一等好きなきらきら光る緑色で、意志の強そうな眉毛がひどくセクシーだった。すっと通った鼻筋も、ふっくらとした唇も、彼の小さな顔の中に完璧に配置されていて、ぼくは神様の芸術センスに感嘆の溜息を漏らす。
うっとりと自分の番いに見惚れていると、顔を上げた彼と目があってしまった。照れくさくて慌てて目をそらすと、テーブル越しに優しく手を握られて、身体を伸ばした彼にキスされる。
「……!」
はじめて唇に感じる他人の熱にびっくりして、思わずぎゅっと目を瞑ると、何か濡れた感触が隙間から入り込んでくる。舌先に感じるレモンの味に、熱いそれが承太郎の舌だと気づいて、ぼくの頭はぐるぐる回り、膝ががくがく震えるのがわかった。
「ん……んふ、ふっ……ふぁぁっ」
上手く息ができず、少しでも空気を取り込もうと口を開けると、これ幸いとばかりに彼の舌がぼくの口内を暴れまわった。身体が熱くて熱くて堪らない。脚の間にドクドクと血液が集中して、そこが質量を増すのがわかる。恥ずかしくて腿を擦り合わせると、承太郎がようやく口を離した。
「花京院、すまない……我慢できそうにない」
いいか、と問われて、それが何を意味するかわからないほど、ぼくは子供ではない。これから起こるだろう行為を期待して、承太郎を迎えに行く前に、もうシャワーは浴びていた。彼の服を引っ張り、自室を指し示せば、承太郎はぼくの身体を軽々抱きかかえて、ぬしぬしと廊下を進む。
モスグリーンのカーテン、壁に貼られた世界地図、シンプルな壁時計、観葉植物、参考書で埋もれた学習机、本棚、そしてベッド。慣れ親しんだぼくの部屋に、今日は承太郎が居る。そっとベッドに身体を横たえられて、すぐに彼が圧し掛かってきた。大きな身体に組み敷かれて、ぼくに影が落ちる。
切羽詰まったような、余裕のない声で何度も好きだ、と愛してる、を繰り返し、承太郎はぼくの身体を暴く。大きな手が肌の上をなぞり、胸の突起を摘まんだ時、甘美な電流が流れ、身体が勝手にびくびくと跳ねる。じわり、と下着の中で吐精した感覚があり、ぼくは気恥かしさに思わず顔を覆った。
「おい、隠すな」
全部見せろ、と囁かれ、無理だ、と返す。何故と問われて、出ちゃった、と弱弱しく告げれば、彼は少し驚いたようだった。カチャカチャ、といやに大きな音を立ててベルトを外され、下着ごとズボンを取り去られると、ぐっしょりと精液に濡れたぼくのペニスが彼の眼前に晒される。
「ばか……ひどい……」
見ないで、と承太郎の胸を手で押し返そうとすると、その手を取られて彼の脚の間に導かれる。指先に触れた熱く、硬い感触に、びっくりして手を引っ込めようとするも、そのままそれを握りこまされた。
「は……花京院、気持ちいい……」
ぐりぐりと剛直を掌に押し付けられて、頬が熱を帯びるのがわかった。目を閉じて恍惚と快楽に浸る年上の恋人に興奮して、ぼくは夢中でそれを擦りあげる。ぼくの手に刺激されて、彼の真っ白なズボンの中で、それはどんどん大きさを増し、いやらしい染みを作り、そして最後に承太郎が低く呻くのと同時に、ドクドクと脈打ってぼくの手にじわりと濡れた感触を残した。
「あ……」
恋人の壮絶な色気にごくり、と喉を鳴らすと、承太郎がじゃれるようなキスをしてくる。これでおあいこだろう、と言われて、ぼくは目を瞬かせた後、ようやく彼の言わんとしていることを理解し、緊張が解けて笑ってしまう。
「じょうたろ……」
好き、と呟いてぼくの方から口づけ、彼の腰を脚で引き寄せる。承太郎が欲しくて堪らない。少々はしたない気もするが、性器同士を擦り合わせるようにもどかしく腰を振れば、彼のペニスがまたむくむくと大きくなるのがわかった。
「こら、大人をあんまり煽るんじゃあない」
欲に掠れた低音で囁かれて、小さく体が跳ねる。彼の大きな手がするりと腰を撫で、ぼくの唇から吐息と共に甘ったるい声が漏れた。気持ちよさと、恥ずかしさとで頭がくらくらする。
「あ、あんっ、じょうたろ、お、おねがい……」
抱いてください、というぼくの懇願は、自分でもびっくりするくらい、余裕のない切羽詰まったものだった。恋人の身体に縋りつき、彼を求めるぼくは、愛に飢えた寂しい獣だ。承太郎がいないと生きていけない。
恥も知らず彼の身体にペニスを擦りつけ、自慰に耽る浅ましいぼくを、承太郎は馬鹿にすることもなく、むしろご褒美のような情熱的なキスをくれる。彼に会えない間、一人で慰めていた後ろが切ない。欲しい、入れて、と強請れば、焦ったように舌打ちした承太郎が、ぼくの脚を大きく開かせる。
「ああっ、あ、あん、ひあぁっ、やだっ」
脚の間に何か冷たい液体をかけられたかと思うと、にゅぐぐ、と承太郎の太い指が入ってきた。ぐにぐに、と身体の内側を擦られ、それから二本の指でくぱ、と後孔を広げられる。恥ずかしくて気絶しそうになるぼくに構わず、彼は確かめるように腹側のやわい臓器をとんとん突いてくる。
「あっ、やらっ、そこやらぁっ」
おかしくなる、と頭を振っても、承太郎はしつこく愉悦の元になっている器官を刺激し続ける。ぼくは身体を駆け巡る甘い電流に、背を弓なりに反らせ、太腿を引き攣らせてガクガク震えた。
「あ、あ―っ、あ―っ」
触れられてもいないペニスから白濁が迸り、口からは引っ切りなしに嬌声が零れ出る。何が何だか分からないまま、ぼくは強烈な絶頂を迎えた。「は、はひ……」
整わない呼吸を繰り返し、酸素を求めて喘いでいると、ふっくらとした唇で口を塞がれた。にゅるり、と熱く濡れた舌が入り込んでくるのと同時に、後ろから彼の指が引き抜かれる。散々苛められた後孔は完全には閉じ切らず、ひくひく疼いてぼくを焦がす。
「あ、あ……」
入れるぞ、と耳元で囁かれて、ぼくはほとんど無意識に、強請るように尻を浮かせていた。硬く勃起し、ドクドクと脈打って火傷しそうに熱い承太郎の性器が、ゆっくりと押し入ってくる。ぼくは歓喜のあまり、はしたない声を上げて彼を迎え入れた。
「ひぎっ、ん、あ、あんっ、んいぃっ」
本物の承太郎のペニスは、ぼくの妄想よりずっと大きくて、長くて、太くて、みちみちとぼくの内壁を押し広げていく。何も遮るもののない、剥き出しの粘膜を擦り合わせる暴力的な快楽は、ぼくをおかしくさせる。
「あ、あひっ、ひぃんっ、んきゅ、んんっ」
「はっ、かきょういん、すきだ、すきだ……」
承太郎はぼくの身体を折り曲げるようにして、がつがつ上から体重をかけて腰を打ちつけてくる。興奮した彼の息遣い、皮膚を伝って滴り落ちる汗がセクシーで、頭がくらくらする。部屋の中に充満する、むせかえるほどの性の匂いに、どんどん理性が崩壊していく。ぼくらは獣のようにお互いを求めあい、夢中になってセックスに溺れた。
「いぃっ、きもちっ、すき、じょうたろ、すき」
太い腕に抱きこまれ、身動きもとれず、ただただ身体の一番深い部分を突き上げられる。彼の広い背に爪を立て、必死にしがみつきながら、ぼくは迫りくる絶頂のうねりにぎゅっと目を閉じる。
「んあぁぁあっ、イク、イク、いぃ―っ」
「くっ……」
ずん、と奥の奥まで入り込んできた承太郎のペニスが、脈打ちながらぼくの中にびゅるびゅると熱い体液を注いでいく。ぼくは強烈な絶頂に意識を飛ばしそうになりながら、それでも何とか叩きつけるような彼の奔流を受け止めようとした。
承太郎はびくびく痙攣するぼくの粘膜に、自分の遺伝子を滲みこませようとしているのか、しばらくの間ゆるく腰を使い続け、ぼくは甘美な毒のように狂おしいその刺激に全身を戦慄かせた。
「ひ、ひぃっ、やめて、おかしくなる……っ」
やだ、とぐずぐず泣きじゃくるぼくに、承太郎は優しくキスを贈りながら、おかしくなっちまえ、と何度も囁いた。体内に埋め込まれた彼の性器が、また硬度を取り戻すのをぼんやりと感じながら、ぼくの意識は快楽の渦に飲み込まれていった。
あれから何度求められたのか、ぼくにはもうわからなかった。気づけばくしゃくしゃに乱れたシーツの上で、ぼくは承太郎に抱きこまれるようにして、眠っていたらしかった。叫び疲れた喉が痛み、水を飲もうと身体を起こそうとして、しかしそれは叶わない。ぼくの身体がまだ彼と繋がっていたからだ。
「ん、あぁ……っ」
腰を動かしたせいで、ぼくのいいところに彼の先端があたる。漏れ出た声を抑えようと思わず伸ばした手を、強く掴まれてぼくは驚いて後ろを振り返った。
「なに、おきて……あ、あっ」
ぐりぐり、と中を掻き回されて、悲鳴のような声が出る。内腿がぶるぶる震え、ぼくはシーツを掴んで身を捩った。
「だ、だめ……」
耳を甘噛みしながら、優しく、だが着実にぼくを追い詰めてくる彼を押しのけようとするも、腰をがっしりと固定されて為すすべもない。
「ちゃあんと馴染ませねえと……」
おれの形、覚えたか、と囁かれて、必死に頷く。もうぼくの身体はすっかり彼に作り替えられ、彼専用に仕上がっている。その証拠にあれだけ犯されて疲れきっているはずの後孔は、それでもなお嬉しそうにきゅうきゅう彼のペニスに吸いつき、もっともっとと奥へ誘いこむ。
「うん、うんっ、ぜんぶ、きみの、あ、ひっ、もの、だからぁっ」
承太郎にめちゃくちゃに抱かれて、気持ちいいのがとまらない。まるでマーキングでもするみたいに、何度もぼくの中に精液を放つ承太郎の執着心が心地よい。身も心も完全に彼のものとなり、ぼくは承太郎にあわせてへこへこ腰を振りながら、喜悦の声を上げる。
「ああ、花京院、好きだ……お前に会えない間、おれは気が狂いそうだったぜ」
今まで我慢した分は、ちょっとずつ取り返していこうな、とうっとり囁く承太郎の愛は、ぼくが思っていたよりもずっと大きく、底知れぬほど深い。溺れるほどの愛に圧倒され、ぼくは少し恐ろしくなるものの、彼に応えるべく脚を絡ませた。
「もちろんさ……ぼくは、永遠に君のものだ」
君の好きにしてくれ、とわざと後ろを締めつけて煽ってやると、すぐさま激しい律動が遅ってくる。尽きることのない恋人の情熱に、ぼくは猫みたいに甘ったるい声を上げ、再び極上の快楽に夢中になるのだった。