承花島某所にて、全ての景品が花京院である、魂をかけた闇のゲームが秘密裏に行われるという情報を掴み、おれは人目を避けつつ、指定されたビルへと向かった。
外は雪がちらついており、おれは冷えた手を温めようと白い息を吐いた。
辿り着いた場所には、既に何人かの「承太郎」がいて、お互いに牽制し合っている。
煙草をくゆらせながら、さりげなく周りを見回すと、おれよりずっと若い奴もいれば、四十に手が届きそうな「承太郎」もいて、どういった基準でゲームのプレイヤーに選ばれているのかは、さっぱり分からなかった。
十分ほどすると、待合に例服を着た「花京院」がやってくる。チェリーみたいなピアスをゆらゆら揺らし、上品に微笑む姿はとても美しかったが、どうやら彼は景品の「花京院」ではないようだった。
「皆様こんにちは。今日はお集まりいただき、ありがとうございます」
腰をほとんど直角に曲げ、深々とお辞儀する「花京院」からは、ふわりと花の香りがした。
頬に落ちかかる柔らかそうな紅茶色の髪を、耳にかけるようにしながら、彼はほっそりとした指で、「承太郎」達にゲームの説明書を配っていく。
「今回皆様には、三つのダイスを振って頂き、出た目の合計によって、景品の『花京院』を獲得することができます」
それではお一人ずつご案内いたします、と礼服の「花京院」は、おれを部屋の奥へと促した。
緋色の緞帳を潜り抜けると、脚の細いテーブルがあり、透明なボウルが置かれている。
「このダイスをボウルに投げ入れてください」
どうぞ、と手渡されたダイスは、目の部分に小さなエメラルドが埋め込まれている。
おれは掌でそれを何度か転がした後、ボウルめがけて振った。
景品が全て「花京院」であるならば、どの目が出てもおれにとっては当たりだ。時を止めてイカサマする必要もないだろう。
無造作に放ったダイスは、カラカラと乾いた音を立ててしばらくボウルの中を転がり、それから示し合わせたように全ての面が六を上にして止まった。
おれはその結果に驚き、目を見開いたが、立ち会っていた「花京院」は終始冷静であった。
「おめでとうございます。出目が十八ですので、A賞の『花京院』をご用意いたします」
ご自宅に配送もできますがいかがいたしますか、と問われ、慌てて持ち帰る、と言えば、赤い絨毯の上を進んで行くように言われる。
足音を吸収する柔らかいカーペットの上を、しばらくの間一人で歩いて行くと、アンティーク調のソファで薔薇色の髪の花京院が眠っていた。
「花京院……」
おれが名前を呼びかけると、ぴくりとその瞼が動き、すみれの砂糖漬けみたいな瞳がこちらを見た。花京院はぱちぱちと何度か瞬きすると、嬉しそうに微笑んだ。
「承太郎」
深緑の学生服に包まれた細い腕を、花京院はおれに向かって伸ばしてくる。
衝動のまま彼を抱きしめると、花京院の身体はあたたかく、何故だか懐かしい匂いがした。
「ぼくを迎えに来てくれてありがとう」
花京院は照れくさそうにはにかみ、ぎゅうと抱き返してきた。
おれはおれだけの花京院を手に入れた喜びに震え、気を張っていなければ倒れてしまいそうだった。
花京院を自宅に連れ帰ると、彼は一人暮らしの男の家が珍しいのか、きょろきょろと家の中を見回している。
「メシにするか」
買ってきた惣菜を机に並べると、花京院の腹がぐう、と鳴る。
彼の服や日用品を一通り揃えるため、色々な店を歩き回ったので二人とも腹が減っていた。
花京院は恥ずかしそうにしていたが、食事を勧めるとぱくぱくとよく食べた。
うまいか、と問いかけると、花京院は頬をいっぱいにしながら頷く。口が横に広いせいか、随分と一口が大きい。
花京院はおれと同じくらいの量をぺろりと平らげ、その細い腰のどこにそんなスペースがあるのだろう、とおれは思った。
食事の後は煎茶を啜りつつ、だらだらととりとめのない会話をして過ごす。
昨日までは一人であった家に、花京院が居るのが嬉しい。
彼が作り出すあたたかく柔らかい空気が、心地よかった。
交互に風呂に入り、さあ寝るかという時点で、おれ達は寝具を買うのを忘れたことに気がついた。
ソファで寝る、と言いだす花京院に、ベッドを使え、と反論していたら、結局二人で身体を寄せ合い、一つのベッドで眠ることになってしまった。
「狭くねえか」
もっとこっちに来ていいぞ、と言えば、花京院はもぞもぞとおれの腕の中に入ってきた。
おれより二回り小さな彼の身体は、風呂上がりのせいか石鹸のいい匂いがした。
「なんだか修学旅行みたい」
花京院はくすくすと機嫌よさそうに笑っているが、おれはキスでもしてしまいそうな距離に彼がいるという事実に、ドキドキしてそれどころではなかった。
あったかい、と花京院はおれの胸元に顔を埋め、満足そうに長く息を吐いた。
「……これからはずっと一緒だね」
承太郎大好き、と呟く彼の身体を抱きしめ、つむじにキスを落とす。
「おれも愛している」
おれの所に来てくれてありがとうよ、と言えば、花京院は幸せそうに笑い、おれは一生をかけて彼を大切にする、と神に誓った。
おしまい