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〜少年期のふたり〜

 

「典明くん居ますか」

 

と電話口から聞こえる承太郎の声が、普段より高く、強張っているものだから、ぼくはくすりと笑ってしまった。

あの神様みたいなぼくのヒーロー、無敵のスタンド使い空条承太郎も、ぼくの自宅に電話するときは緊張するらしい。

 

「はい、典明はぼくですけど」

 

笑いをこらえてそう答えれば、電話の向こう側の空気がわずかにゆるみ、ややして照れくさそうに承太郎が話し出した。

 

「…おめーが出るなら、こんなに改まるこたあなかったな」

「緊張したかい?」

「そりゃあな」

 

電話の向こうで、承太郎がふっと笑う気配がする。

 

「花京院家の大事な一人息子を、無断で50日も世界中連れまわして、大怪我させて、あまつさえ恋人にしちまったんだから、おれはてめーの両親に殺されても文句は言えねえな」

「まあ、そうかもね」

 

指先で受話器から伸びるコードをくるくると弄びながら、ぼくも彼につられて笑ってしまう。

 

ぼくの両親は、承太郎のことをよく思ってはいない。

本当は悪い吸血鬼に操られたぼくを、彼が命がけで救い出してくれたのに、真面目で、品行方正で、優等生だった自分たちの息子を、彼がたぶらかしたと本気で思っている。

 

でもそんな些細なことは、ぼくたちにとってどうでもよかった。

ぼくは承太郎が好きで、彼も僕が好き。

周りが何と言おうと、二人とも気にしないし、ぼくたちはこの上なく幸せだった。

 

「なあ、今度の土曜日空いてるか」

「うん」

「じゃあ、おめーの好きなところでいい。どこか行こうぜ」

「それなら、ぼく見たい映画があるんだ。いいかな?」

「ああ」

 

ぼくははやる気持ちを抑えて、電話の横にあるカレンダーに印をつけた。

 

「じゃあ、10時に駅前に集合ということで…えーと次の土曜って、14日だよな?」

「ああ」

「楽しみにしているよ、それじゃあまた学校で」

「またな」

 

にやけそうになる頬を抑えて、ぼくは受話器を置いた。

承太郎は無口で、知らない人からすれば彼は無愛想な嫌な奴と思われるかもしれないが、実はシャイなだけなのだ。

そんな照れ屋な恋人からデートのお誘いとは…嬉しさのあまり踊りだしてしまいそうだ。

何着ていこうかな、なんてわくわくしながらぼくは週末を待った。

 

 

 

 

大勢の人で込み合った場所でも、人より頭一つ以上抜きんでた彼は目立ってしょうがない。

季節外れの寒さにぶるりと身を震わせ、ぼくは早足で承太郎のもとへと向かった。

 

「承太郎!」

 

と大きな声で彼を呼べば、美しい緑の瞳がぼくをとらえて綻ぶ。

 

「待たせてすまない」

「いや、今来たところだ」

 

嘘だ、色素の薄い彼の鼻が赤くなっている。でもまあ、そういうことにしておいてやろう。

 

「さ、行こうか」

 

と、彼の手を引けば、手袋をしていないその掌はとても冷たかった。

 

 

 

 

彼とみた映画は素晴らしく、そのうえ適当に選んで入ったレストランの料理は、びっくりするほどおいしかった。

てくてく、と承太郎と手を繋いで歩く帰り道で、ぼくはぽつりと呟いた。

 

「こんなに幸せでいいんだろうか」

「ああ?」

 

ぼくの言葉に思い切り承太郎が眉をしかめた。

 

「だから、ぼく、こんなに幸せでいいのかな」

「…いいに決まってんだろ。おめーは、おれが一生かけて幸せにしてやるんだからな」

 

おめーは黙って、幸せをかみしめてればいいんだよ、と承太郎がぶっきらぼうに言った。

 

「…ありがとう」

 

なぜだか、胸と喉の奥がじわりと熱くなった。

ぼくは泣き出してしまいそうで、下を向いて自分の靴の爪先を必死に睨んだ。

 

 

別れ際、承太郎が何も言わずに小さな紙袋を僕に手渡した。それは一日中、いつも荷物を持たない承太郎が右手に提げていたものだ。

 

「これ、なんだい?」

「…開けてみろよ」

 

そう言われてぼくが紙袋をガサガサやっていると、気恥かしいのか、承太郎はそっぽを向いて帽子を引き下げてしまった。中から出てきたのは綺麗にラッピングされた、色鮮やかなキャンディーだった。

 

「…先月の、お返しだ。チェリー味だぜ」

 

きらきらと、その丸い宝石みたいな飴玉は、鮮やかな美しい輝きを放っていた。

そうっと1粒を取り、コロコロと舌先で転がすと、あまいあまいさくらんぼの味が口の中いっぱいに広がる。

 

「…キャンディーはな、長く楽しめるだろ。だから、おれもお前が好きだ、って意味なんだぜ」

 

と呟く彼の声は、いつもより小さくぼそぼそと途切れ途切れで、その不器用さがたまらなく愛しい。

恥ずかしがり屋の恋人をしっかりと抱きしめ、ありがとう、とぼくは真っ赤な耳に囁いた。

 

 

 

~青年期のふたり~

 

承太郎と一緒に暮らし始めて、もう何年がたっただろう。

ぼくと彼は好きな食べ物も、好きな服も、好きな歌も違うのに一緒にいると楽しくて、出会った日から10年以上たった今でも、あの頃と変わらずに互いの考え方を尊重し合って、ぼくたちは上手くやっていた。

 

お互い年を重ねて、10代の頃みたいに周りを気にせず突っ走ることはなくなったが、ぼくはいまだに彼に見つめられると頬が熱くなるし、抱きしめられるとドキドキして落ち着かない。

数えきれないほどキスも、その先も経験しているのに、ぼくは彼に飽きるということがなかった。

つまるところ、ぼくは承太郎のことが大好きなのだ。

 

おかえり、と玄関先で真っ白なコートに身を包んだ承太郎を出迎えれば、

 

「ほれ」

 

と長期のフィールドワークを終えて、久しぶりに日本に帰ってきた彼は、高級そうな包みをぼくに差し出した。

 

「一体なんだい?」

「まあ、開ければわかる」

 

にやりと子供のように楽しそうに笑う承太郎に促されて、ぼくは真っ赤なリボンをしゅる、とほどいた。

金字で有名なブランドの名前が刻印された、白く細長い豪奢な箱を開けると、そこに綺麗に並べられていたのは淡いピンク色のマカロンだった。

 

「今日はホワイトデーだろ。チェリーの果肉入りだとよ、お前にぴったりだろ」

 

すげえ列ができてたから、きっとうまいと思うぜと言う彼の言葉に、人間離れした規格外の大男が、かわいらしい洋菓子屋に並んでこのマカロンを注文する姿を想像して、ぼくはくすりと笑った。

 

「ありがとう、いただくよ」

 

美しい丸みを帯びたその菓子を手に取ると、大きさの割にふんわりと軽い。

そっと歯を立てればさくりとメレンゲが崩れ、中に仕込まれたやわらかいクリームが舌先で溶けていく。

練り込まれたチェリーのほのかな甘酸っぱさに、自然と笑みが浮かんだ。

 

「…すごくおいしい」

 

と、お礼も兼ねて軽く彼の頬にキスすれば、顎を捕らえられて奪うような口づけを返された。

流されるようにソファーにもつれこみながら、ぼくはマカロンの意味が「特別な人」だということを思い出していた。

 

 

 

~壮年期のふたり~

 

昨夜も散々と承太郎に抱きつぶされ、ぼくは痛む腰をさすりながらベッドから這いでた。

年をとって落ち着くかと思えば、最近は良く言えば昔より丁寧に、端的に言えばしつこく快感を呼び起こすように抱かれ、いつも最後はもう許して、とぼくが彼に泣きながらすがりつくのが常だった。

 

お気に入りのモスグリーンのニットを着て、やれやれとベッドの下に脱ぎ捨てられた衣服をかき集めていると、来客を知らせるチャイムが鳴り響く。

 

「承太郎、ぼく髪がひどいから君が出てくれよ」

 

といまだにベッドの上で気持ちよさそうに眠っている承太郎に声をかければ、朝の弱い彼はのろのろと服を着始めた。

しかし、途中ではた、と手を止めると、

 

「やっぱりお前がでてくれないか」

 

とやけに真剣な顔でぼくにそう言った。

 

「どうしてだい?」

「まあ行けば分かるからよ」

 

ほれ、と促されて、ぼくは渋々玄関へと向かった。

はーい、とドアを開けた瞬間、ぼくの視界が深紅で埋め尽くされる。

 

「な、な、な…」

「あっおはようございます。空条さんから花京院さんにお届けものです」

 

サインお願いします、と差し出された紙になんとか自分の名前を書くと、ぼくは配達のお兄さんから抱えきれないほどの深紅のバラを手渡された。

 

「ちょっと、承太郎!なんだいこれ」

 

うぐぐ、と両手をめいいっぱい広げて、なんとか持ったバラの花束は、ざっと見ただけで100本くらいありそうだ。

 

「すごく重たいんだけど、手伝ってくれよ!」

 

と呼びかけると、承太郎が嬉しそうに笑みを浮かべながら、ひょいと花束ごとぼくを横抱きにした。

 

「ちょ、ちょっと、ぼくごと持てってことじゃあないよ!」

 

いわゆるお姫様だっこという体勢に、ぼくが真っ赤になって慌てると、ちゅと額にキスを落とされる。

 

「花京院、このバラ、何本あるかわかるか?」

「…100本?」

 

いったいなんの謎かけなんだ、とぼくが思っていると、承太郎が心底楽しそうに笑った。

 

「おしいな、99本だ…意味は知っているか?」

 

と問われて、ぼくはピンときた。

99本のバラの花言葉は、たしか…かあ、と頬が熱くなり、ぼくは思わず承太郎の胸に顔をうずめてそれを隠す。

 

「し、知らない…」

 

とか細い声で伝えると、彼が悪戯っぽく笑う。

 

「嘘をつくのはいけねえな、花京院…」

 

お仕置きの時間だぜ、と耳にふっと息を吹きかけられて、ぼくはそのまま再びベッドへと横たえられた。

 

おしまい

 

 

 

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