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注意!

久しぶりに下妻物語を見たら、ロリータ服の花京院いいなと思って書いたものの第2弾です。
R-18ですけどエロほとんどないです、すみません。

 

 

 

-1-

 

ハロウィン当日、僕は最高に浮かれていた。

 

今日は仕事を早めに切り上げて、承太郎と水族館でデートして、ホテルのレストランで食事して…

そして、その上階にあるスイートルームで承太郎とめくるめく一夜を…

 

危ない危ない、顔が緩んでいた。

 

僕はものすごい勢いで仕事を終わらせると、にやけるのを我慢して、この日のために自作したハロウィン用ドレスに身を包んだ。

 

 

手芸店で見つけた、紫色のグラデーションを背景に、ジャック・オ・ランタンとコウモリがプリントされた生地を生かした手作りのワンピースに、靴下はもちろんストライプ、足元は魔女のように先が尖ったブーツを履いて、承太郎のもとへと向かった。

Star Platinumのお気に入りのハート型のかばんには、お菓子をあふれんばかりに詰め込んである。

 

 

「trick or treat!」

 

 

勢いよく社長室のドアを開けると、そこには仮面とシルクハットを身につけ、大きな黒いマントを纏った彼がいた。

 

 

「あっそれ、もしかしてオペラ座の怪人?」

 

 

似合うね、と駆け寄るとふわりと古い薔薇のような香りがする。

いつも彼がつけている海をイメージした香水とは違う、濃厚な甘い香りに違和感を覚えて、僕が一歩後ずさると、男がにやりと笑った。

 

 

「…承太郎じゃないな、お前は誰だ?」

 

 

目の前の男がそら恐ろしく、僕の絞り出した声は震えていた。

承太郎にどことなく似ているが、何かが決定的に違う。

毒のような、重苦しくうすら寒い空気が充満して、息が苦しい。

仮面の奥の冷たい瞳に射抜かれて、僕は足がすくんで動けなくなってしまった。

 

 

そんな僕の様子を見て、男がくつくつと笑いながら、ゆっくりと仮面を取り去ると、作り物のような美しい顔が現れる。

目を見はる金髪に、猫のような瞳、血の色の唇からはちらりと牙がのぞき、男は動けない僕に近寄ると首筋にその切っ先を埋めようとした。

 

 

助けて、と恐怖で目を瞑った瞬間、僕はぐいと後ろに引かれて、気がつくと鬼のような形相をした承太郎に抱きしめられていた。

 

 

「承太郎!」

「およびじゃねーぜ、DIO。さっさと帰りな」

 

 

視線だけで人を殺せそうな承太郎が冷たく言い放つと、男は挑発するように口の端をゆがめた。

 

 

「ふん、お前の雇っている奴等は腑抜けばかりだなあ?承太郎。

このDIOの正体を見抜いたのはこいつだけだぞ」

 

 

DIOと名乗る男は、僕の手を取ると、素早く噛みつくように口付けた。

途端ぶわっと鳥肌が立ち、僕はすぐに手を引っ込めて、彼をにらんだ。

隣の承太郎は怒気を隠そうともせず、今にも殴りかからんばかりだ。

 

 

DIOがひらひらと手を振りながら部屋を後にすると、ようやく承太郎は僕を抱きしめる力を緩め、無言で備え付けの洗面台に引っ張り、僕の手を洗いはじめた。

な、なんか怒ってるみたいだ。

 

 

「じょ、承太郎…」

 

 

おそるおそる話しかけても返事はない。

 

 

「ごめんなさい、その、不用意にキスされたりして…」

 

 

呟いて、泣きそうになってしまい俯くと、ぎゅうと優しく抱きしめられる。

いつもの承太郎の匂い、承太郎のぬくもりに、僕は彼の胸元を涙で濡らしてしまう。

 

 

「…すまん、悪かった。俺がいながら、あんな下種野郎にキスさせちまって自分が許せねえ」

 

 

手を奪われて、さっきと同じ場所に、先程よりも情熱的に口づけられる。

祈るような、すがるような彼の顔から目が離せない。

 

 

「花京院…」

 

 

ぐっと壁に押し付けられ、承太郎の大きな手がシフォンのような肌触りのスカートを捲りあげる。

 

 

「えっあっ…ここで?」

 

 

腿の間に置かれた手に、僕が狼狽えると、余裕のない声色で耳に囁かれる。

 

 

「我慢できない…抱きたい…」

 

 

熱いズボンの膨らみを、下腹に擦り付けられて、僕の体が甘く疼く。

 

 

「んっ…じょ、たろ…水族館、行くんだから…一回だけだぞっ…」

「わかってる…」

 

 

…なんて言ったのに、そのあと僕はさんざっぱら喘がされ、結局立ったまま犬のような格好で二回中に出されて、承太郎に腰を抱かれながら満身創痍で水族館を見て回ったのだった。

 

もちろんホテルでも獣のように激しく求められ、僕は翌日キスマークを隠すためにスタンドカラーの服を着なくてはならなかった。

でも、叱られた犬のようにうなだれた承太郎に、すまん、悪い、お前に夢中で歯止めがきかなかった、と謝られれば、惚れた弱みで僕は彼を許してしまうのだった。

 

 

 

 

それから数日たって、僕は不気味な闖入者のこともすっかり忘れて、春物の新作に取り掛かっていた。

 

 

「承太郎〜この薔薇のドレスのことなんだけど…」

 

 

がちゃりとドアを開けて、僕は中にいる人物を見つけると、思わずぎゃあと声を上げた。

そこにはあのDIOとか言う、謎の男が我が物顔で社長の椅子に座っていた。

 

 

「何で勝手にまた入ってきてるんだ!ここは承太郎の執務室だ、出て行ってくれ」

 

 

DIOは余裕の笑みを浮かべたまま、俺は美しさで時間を止められるのでな、簡単に侵入できるとかなんとか電波なことを言っていた。

品定めするようにじろじろと僕を見て、彼は椅子の背もたれにその体を預けた。

 

 

「花京院といったか…承太郎が随分と入れ込んでいるそうだが、お前には我がTHE WORLDの洋服の方が似合うと思うぞ」

 

 

DIOはばさっと分厚いファッション雑誌をこちらに投げてよこした。

 

そこには黒、白、赤を基調としたゴシックロリィタのドレスに身を包んだ少女たちが、アンニュイな表情を浮かべていた。

 

暗い森のようなセットでとられたその写真の横には、金色の荘厳な文字でTHE WORLDと書かれている。

本の外側まで、耽美な甘い香りが漂ってきそうな重く物憂げなドレスは、モノトーンの中に深紅を取り込むことで、いっそ破壊的ですらある。

だが、僕はゴスロリは趣味の範囲外であった。

 

 

「いえ、僕はStar Platinum一筋なので結構です」

 

 

はい、と本を返してもDIOの表情は変わらない。

 

 

「お前はまだ気づいていないだけだ、本当の自分に…」

 

 

ねっとりと絡みつくDIOの視線にぞくりとする。

怖くなって踵を返そうとすると乱暴に手首を掴まれ、引き寄せられた。

 

 

「今度の新作発表会、貴様も出るんだろう?」

 

 

ふっと耳に息を吹きかけられて、ぞわと肌が粟立つ。

 

 

「我がブランド、THE WORLDも参加するのだがな、あのショーはいつも最後に来場者による投票があって、ショーで一番のドレスを決めるのを知っているか?」

 

 

僕が首を振ると、彼は目を細めた。

 

 

「THE WORLDがStar Platinumに勝ったら、花京院…俺のもとへ来い。ここよりいい待遇で、お前を雇ってやる」

「…何を言ってるんだ。僕はお前のところになんか行かないし、Star Platinumが負けるわけないだろ」

 

 

ぱし、と手を振り払うと、奴はにやにや笑った。

 

 

「…本当は怖いんだろう、花京院。お前は心の底で俺を恐怖している」

 

 

そんなわけない、といって彼を睨むと、後ろからどすの利いた低い声がした。

 

 

「いいぜ、その勝負のってやる」

「承太郎!」

 

 

振り向くと、漆黒の厚手の生地に細い銀糸でストライプ模様が施されたスーツを着た承太郎が立っていた。

だからさっさと出て行け、と承太郎が静かに告げると、ふん、とDIOが鼻を鳴らし、ショーで吠え面をかかせてやると去り際に呟いて姿を消した。

 

 

「承太郎、いいのかい、あんな約束して…」

 

 

あいつ、何か卑怯な手を使ってくるかもしれないよ、という僕に承太郎は大丈夫だとキスをくれた。

 

 

「俺を信じろ、花京院。絶対に勝つ」

 

 

承太郎に目を見つめられながら、優しい声でそう言われると、僕は照れながらうん、と言うしかなかった。

ただ彼の言葉を聞いても、僕は何だかDIOのあの余裕ぶった態度が心配で、思わずぎゅっと彼の手を握りしめた。

 

不安を打ち消そうと、僕も手伝うと申し出たが、これは俺とあいつの勝負だからお前は何もしなくていいと彼に言われて、僕は途方に暮れた。

 

嵐がせまっている予感に、僕の心はざわざわと揺れた。

 

 

 

-2-

 

ぱたり、と僕は読みかけの文庫本を閉じた。

時計の針は深夜の2時を指しているというのに、寝室の隣にある仕事部屋から、承太郎が出てくる気配はない。

 

僕はため息をついて、そっとドアを開けた。

そこでは、承太郎が目の下に大きな隈をつくり、眉間にしわを寄せてデザイン画を睨んでいる。

 

 

「承太郎、そろそろ寝た方がいいよ」

「…ああ」

 

 

そう答えながらも、彼はまだ書類とにらめっこを続けている。

 

 

「聞いてるの?」

「…ああ」

「…僕のこと好き?」

「…ああ」

 

 

僕は段々イライラしてきた。

 

 

「…本当は嫌いなんだろ。最近全然話してくれないし…」

「いや、愛してる。お前だけだ」

 

 

え、と思ったとたん影が落ちてきて、僕は承太郎に唇を奪われていた。

ざり、と伸びかけた承太郎の髭の感触に、体が逃げそうになるのを阻まれる。

 

かさついた唇の間から、熱く濡れた舌が出てきて、僕の口内を乱暴に蹂躙していく。

仄かなコーヒーと煙草の味に、かっと体温が上がり、腰が砕けて立っていられない。

承太郎に抱き抱えられたまま、僕はもつれて仮眠用のソファーに倒れこんだ。

 

 

「ちょっと承太郎っ、重いよ!」

 

 

慌てて彼の熊みたいな体を押し退けようとしても、逆に力強く抱き締められる。

今だけでもこのままで、と低く囁かれれば、僕は抵抗する気を奪われてしまう。

 

こんな風にめちゃくちゃなことをされても、怒れない自分が悔しい。

なんだよ、僕ばっかり君のことが好きみたいじゃないか。言葉が足りないんだよ、馬鹿。

彼の穏やかな寝息に、僕は歯を食いしばって泣きそうになるのを堪えた。

 

 

 

 

そのままソファーと承太郎に挟まれて夜を明かし、次の日の僕は油のきれたロボットのように、ぎこちない動きしかできなかった。

 

 

「はあ…」

 

 

承太郎がDIOとの一対一の勝負にこだわっているために、全くやることがない僕は、先日から毛糸で花のモチーフをつくり始めた。

彼が構ってくれないので、この作業が進んで進んでしょうがない。

 

花畑のようにニットの花が部屋のそこかしこに咲いているのに、僕の気分は晴れなかった。

ちょっとくらい、手伝わせてくれたっていいのに。承太郎の馬鹿。

はあ、とまたため息をつきながら、一心に指を動かす。

 

僕の今の気持ちのように、メランコリックな紫色の花ができあがっていく。

 

ずっと承太郎の側で、彼に溶けるほど愛されながら仕事をしていたので、こんな風に放っておかれるとたまらなく寂しい。

彼に必要とされていないのではないかと、嫌な考えばかりが頭を占める。

 

 

単調な作業を続けているせいで、くるくると指が勝手に動き、また花が形作られる。

これはすみれにしよう、と僕は思った。

バラのように豪奢でなく、ユリのように高潔でなく、控えめにそっと咲くすみれは、僕の好きな花だった。

 

僕のこと必要としてくれなくてもいい、側にいさせてくれれば、それでいい。

そう思うのに、じわじわと瞼が熱くなって、ぽたりと涙がこぼれた。

 

 

「ノリアキ!」

 

 

ふいに名前を呼ばれてびっくりして振り返ると、そこには承太郎の親戚で、Star Platinumの専属モデルである徐倫がいた。

長い髪をお団子に結いあげた彼女は、僕の泣き顔と、それから床に散らばる大量のニットの花に驚いたようだった。

 

 

「いったいどうしたの」

 

 

彼女の美しい顔が、僕のために歪んでいるのを見ると、申し訳なくて消えてしまいたくなる。

僕を心配して背をなでてくれる彼女の温かな手に、堰を切ったように涙がこぼれた。

唸るような嗚咽がもれ、胸が苦しい。

よしよし、と僕をなだめる徐倫の体からは、ほのかに優しいせっけんの香りがした。

 

 

 

 

「何それ、承太郎が一人でやるって言い出したの?」

「うん」

 

 

しばらくして落ち着いた僕が事情を説明すると、徐倫は眉間にものすごく縦じわを寄せた。せっかくの美人が台無しだ。

彼女はあのクソ野郎、と承太郎を罵った後(おお、あんなかわいい口からそんな言葉が飛び出るなんて!)ごめんなさいね、と僕の手を握った。

 

 

「承太郎はノリアキが心配なの、DIOに近寄らせたくないのよ。だから今回の仕事からは手をひかせたの」

 

 

僕が下を向いたまま黙っていると、徐倫が僕の額にキスを落とす。

その仕草が承太郎とそっくりで、僕はどきりとした。

 

 

「誰の目から見ても、アイツはノリアキのこと愛してる。自信もって」

「…うん」

「承太郎は絶対DIOなんかに負けないわ、心配することないわよ」

 

 

でも、と彼女は言葉をつづけた。

 

 

「アイツが困ってたら助けてやって…アイツのことわかってやれるのはノリアキだけだわ。

無口で、頑固で、わがままなとこもあるけど、嫌いにならないであげてね」

 

 

もちろんだよと僕が答えると、彼女は見ほれるぐらい美しく微笑んだ。

 

 

 

 

新作発表会が近づくにつれ、承太郎はますます忙しそうにしていた。

僕はと言えば、今回はモデルの仕事しかないので、少しでも彼に貢献できるようにと健康と美容に気を使うだけだ。

 

いつも以上に念入りに体の準備をしても、やっぱり手持無沙汰で落ち着かない。

徐倫が気を使って、僕を色々な所へ遊びに連れて行ってくれたが、頭の隅では常に承太郎のことが気になっていた。

 

しかし先日、ちらりとだけ見たサンプルは、僕が心配する必要もないくらい完璧な出来栄えだった。

承太郎はまだ満足していないらしいが、自分がいなくても彼がやっていけるということを突きつけられたようで、僕は寂しかった。

 

 

DIOはあれから目立った動きこそしていなかったが、陰で色々と圧力をかけてStar Platinumを邪魔してくる。

布地が倉庫からごっそり持ち去られたり、いつも利用している問屋さんからビンテージのレースが買い占められたり、Star Platinumのモデルが何人かTHE WORLDに引き抜かれて、承太郎がかなり苛立っていた。

DIOは今回のショーに力を入れているようで、メディアも彼のブランドに注目し始めていた。

 

 

「大丈夫かなあ…」

 

 

僕と徐倫は紅茶を飲みながら、恒例になりつつある作戦会議を開いていた。

 

 

「DIOのやつ、あの手この手で色々やってるみたいね。

あたしの専属スタイリストも声かけられたっていってたわ」

「えっ、それ大丈夫だったのかい」

「大丈夫よ、アイツあたしの彼氏だもん」

「えっ…あの地曳網みたいな服のスタイリスト、君の恋人なの?」

「そうよ」

 

 

さらりと答えて、彼女はぺらぺらとファッション誌をめくっている。

 

 

「げっ、またTHE WORLDの特集だわ。不吉ね、やめましょう」

「待って、ちょっと見せて」

 

 

雑誌を閉じようとする彼女の手を遮って、僕はそのページを食い入るように見つめた。

DIOが余裕たっぷりの笑みで、長々とインタビューに答えているその特集で、THE WORLDはべた褒めされていた。

 

 

「たぶんこの記者、買収されてるわね」

「…うん、だろうね」

 

 

4ページにもわたって、今までのTHE WORLDのコレクションがこと細かに解説されている。

むせかえるような甘く繊細なフリルの白と、それを引き立てる美しい黒のコントラスト。

モノクロの世界で、はっと目を引く鮮やかな赤。

 

 

「…確かにかっこいい。ロリータに比べてゴスロリの方が、初心者が入ってきやすいのも、なんとなくわかる。黒いほうがシックだからね」

「……」

 

 

ふと雑誌から顔を上げると、徐倫が真剣な顔で、僕の次の言葉を辛抱強く待っている。

 

 

「でも…でも、承太郎は絶対負けない。だって僕が好きになったのは、DIOじゃなくて承太郎だ。

承太郎の作る服には、みんなを幸せにする力がある。

夢見る女の子がお姫様になるために、彼のドレスは必要なんだよ」

 

 

僕の言葉に、徐倫は「やっぱりノリアキはそうでなくっちゃ」と不敵に笑った。

ショーはとうとう、明日に迫っていた。

 

 

 

-3-

 

「あれっ」

 

 

ショー当日、お気に入りの鞄の中に、編み物セットが入っているのを見つけて、僕は声をあげた。

最近いつも持ち歩いていたので、急いで家を出るときに癖で持ってきてしまったようだ。

 

中心にパールを縫い付けて、より本物のすみれに近づいたニットの花が、鞄から溢れんばかりだ。

せっかく作ったのだから、ショーが終わったらこれを繋ぎあわせて、すみれの花のボレロにして徐倫にプレゼントしよう、と僕が思っていると、突然バックヤードから甲高い悲鳴が聞こえた。

 

 

「どうしたんだい!?」

「か、花京院さん、これ…」

 

 

青い顔のスタッフが指差す先には、ナイフを突き刺された純白のドレスがあった。

それは、ショーの最後で徐倫が着る予定の、ロリータのためのウェディングドレスで、気の遠くなるような時間をかけて施された繊細な刺繍に、刃が無慈悲に突き立てられていた。

 

 

「なんてことだ…」

 

 

ヴェールに1本、胸元に3本、両肩に3本、スカートの左足部分に1本のナイフは、深々と光沢のある布地に突き刺さり、支える糸を失ったビーズが、まるで雪のように床に散らばっている。

 

このドレスは、ショーのフィナーレを飾る特別なお洋服だった。

お針子さんが端正込めて仕上げた一点もので、代わりはない。

 

 

証拠はないが、僕にはDIOがやったのだという確信があった。

勝利のために、奴はどんな手段も厭わないつもりだったのだ。

 

 

「くそっ…」

 

皆が言葉を失った静寂の中で、駆け付けた承太郎が現状を把握して、壁を殴る鈍い音が響く。

 

おそらく今回のコレクションの中で、もっとも時間とお金をかけて作ったのがこのドレスだろう。

承太郎がDIOに対抗すべく全身全霊を注いだことが、ちらりと見ただけでわかるお洋服だ。

 

どうすればいい、どうすれば…

ぎり、と爪を噛んだ瞬間、僕は閃いた。あのニットの花!

 

 

「承太郎!」

 

 

僕は思わず彼の手をとっていた。

 

 

「お願いだ、このドレス僕に直させてくれ。僕も、君の役に立ちたいんだ」

「……」

 

 

承太郎の緑の目が僕を見た。

彼の瞳の中には、必死な顔をした僕がいた。

僕にとって永遠のように感じられた沈黙の後、彼は口を開いた。

 

 

「…わかった。おめーに任せる」

 

 

何もかも、と彼は言った。

僕の作戦も聞かずに、承太郎はマネキンからドレスを脱がせると、僕に手渡した。

 

 

「おめーの好きにやっていい。ただ、おめーはモデルとしての準備があるから、二時間が限度だ」

「あ…ありがとう」

 

 

こんなに簡単に許してくれると思っていなかった僕は、お礼をいうのがやっとだった。

頼む、と承太郎は僕に頭を下げ、それから皆が見ているというのに、頬に掠めるようなキスをした。

 

 

「ちょ、ちょっと…!」

 

 

僕が頬を押さえて真っ赤になると、承太郎は悪戯っぽく笑ってデザイナーの会見に行ってしまう。

なんなんだもう!格好いいんだよ、馬鹿!

ぽかり、と承太郎の背を殴って見送ると、セットの途中だったのだろう、髪をほどいたままの徐倫がやってきた。

 

 

「私からもお願いね、ノリアキ。信じてるわ」

 

 

いつものハッキリしたメイクとは違う、薔薇色の頬と唇、砂糖菓子のような甘いマスクで徐倫は微笑んだ。

 

 

「大丈夫、みんなの期待にこたえてみせるよ」

 

 

DIOには負けられない。

僕はすぐに作業に取り掛かった。

 

 

まず、ナイフを慎重に抜き、千切れた刺繍糸をそれ以上ほどけないように始末する。

鋭利な切れ目を慎重にまつり、その上にニットのすみれの花を縫い付けていく。

純白の世界に、紫色の花が鮮やかに映える。綺麗だ、これなら上手く行く。

更に、見ている人に違和感を覚えさせないように、全体的に花を配置してバランスを整える。

 

流れてくる汗をぬぐいながら、一つ一つ丁寧に進めれば、あっという間に時間が過ぎていく。

指先が震えないように、神経を集中させて僕はひたすら針を動かす。

 

細やかなレースでできたヴェール、ビーズが散りばめられた胸元、丸く膨らんだ両肩と、羽を何枚も重ねたような美しいシルエットを描くスカート部分に、次々にすみれの花が咲く。

 

 

「すごいわ…」

 

 

振り向くと、両サイドに三つ編みをまとめた小さなシニョンをつくり、残った髪を柔らかく巻いて流した徐倫が立っていた。

 

 

「もう時間よ、ノリアキ。あなたも用意しなきゃ」

 

 

彼女は僕に缶コーヒーを手渡すと、綺麗にアイラインが引かれたつぶらな瞳でウィンクした。

 

 

「あとはあたしに任せといて」

 

 

それから彼女は床に散らばっている余ったすみれの花を集めると、これもらうわね、と言ってドレスと一緒に更衣室に向かってしまう。

一体、彼女が残ったあの花を何に使うか検討もつかないまま、僕も支度部屋へと向かい、大急ぎで準備をしなくてはならなかった。

 

承太郎が寝る間も惜しんでデザインしたドレス、一度は引き裂かれたそのドレスを、僕が死に物狂いで直し、徐倫が着る。

あきらめきれるわけがない、絶対に勝つ。

 

 

 

魔法使いのような孔雀の羽根飾りをつけた帽子に、子猫の肌触りのケープ、おびただしいプリーツをよせたシルクのシャツを着て、僕はランウェイを歩いた。

眩しいライトとフラッシュの中でも、客席にDIOの姿がはっきりと見て取れる。

 

Star Platinumの切り札とも言えるドレスを滅茶苦茶にして、勝利を確信しているのだろう、余裕の笑みを浮かべるその男に無性に腹を立てながらも、彼以外の観客に、僕は精いっぱいの愛嬌を振りまいた。

ふふん、見て驚くなよ。

 

 

僕と入れ替わりに、真っ白な衣装に身を包んだ徐倫がステージへと出ていく。

天使のような可愛らしいメイクに、可憐な印象のウェディングドレスがぴったりと調和している。

彼女が一歩を踏み出すたびに、きらきらとビーズが美しい輝きを放ち、縫いつけられた花が揺れた。

観客の誰もが彼女に魅了され、会場の空気が変わる。

 

 

たくさんの瞳に見つめられながら、徐倫は猫のようなしなやかな足取りで細い道を歩くと、その先端で客席に向かって何かを投げた。

目を凝らすと、それは余ったすみれの花を小さくまとめたブーケのようで、美しい弧を描きながら、なんということだろう、DIOの腕の中へとおさまった。

 

驚愕の表情を浮かべているDIOに、徐倫は挑発的に微笑んで背を向ける。

感嘆の拍手は徐倫の姿がステージからなくなっても、全く鳴りやまなかった。

 

 

全てのブランドの発表が終わり、僕は承太郎と徐倫と3人で、観客が選ぶ今回のショーの最優秀ドレスの発表を待っていた。

 

心臓が口から飛び出そうなほど鳴り響き、掌にじっとりと汗をかいている。

緊張で倒れそうになって、承太郎の手をつかむとぎゅうと強く握り返された。

 

神様、お願いします。勝たせてください。

 

目をつぶってそう懇願すると、司会がStar Platinumの名前を呼んだ。

ステージに展示されたすみれの花のウェディングドレスにスポットライトがあたる。

 

 

「やった!承太郎やったよ!!」

 

 

勝ったんだ、と僕が叫んで承太郎に抱きつくと、興奮した彼にすばやく唇を奪われて熱烈なキスをされる。

びっくりして頭が真っ白になる瞬間、僕は「やれやれだわ」という徐倫の声を聞いた気がした。

 

 

おしまい

 

 

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