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注意書き

 

久しぶりに下妻物語を見たら、ロリータ服の花京院いいなと思って書いたものです。

大丈夫そうな方だけどうぞ。

 

花京院がナチュラルに女装します。

女体化でなく、女装です。

 

 

 

 

 

僕は、ちょっと人に言えないが、女装癖がある。

昔から、ズボンよりもスカートにあこがれる子供だった。

ズボンなんて、ただ筒をはいてるようなもの。

花びらのようにふわりと広がるスカートがはきたくて、はきたくて、毎日母親を困らせていた。

 

僕があまりにもズボンを着ようとしないので、根負けした母は父に内緒で水色のギンガムチェックに、チェリーの模様がプリントされたスカートを買ってくれた。

フリルやレース、リボンがそこかしこにあしらわれたそのスカートを着ると、とても満ち足りた気持ちになり、僕はあきもせず、鏡に自分の姿をうつしては、喜んでいた。

 

しかし、世の中の大多数の人間は、男の子がスカートをはけば、不気味に思う。

成長するにつれて、自分にスカートをはく権利がないということに気づいた僕は、絶望した。

 

小学校の入学式も、無理やりブルーグレーのジャケットとそろいのズボン、味気ないシャツに青い蝶ネクタイをあわせられ、僕は学校なんて行かないと泣きわめき、父親に初めてぶたれた。

入学式で頬をはらし、目を真っ赤にしていたのは僕だけだった。

 

学校では男の子の格好をしても、家に帰るとすぐに父の目を盗んで、スカートを身につけていた。

それができないときは、帰るなりパジャマに着替えて、部屋から一歩も出なかった。

 

そんな僕も中学生になると、もう母親に買ってもらったスカートはどうやっても丈があわなくなくなってしまった。

しかし知恵のついた僕は手芸部に入り、自分の好きな服を作ろうと画策した。

同時に美術部にも入り、親には手芸部に入部したことは黙っていた。学校の先生にも、親は頭が固く、きっと男の僕が手芸部に入ったと知れたら、やめさせられてしまうからと、口止めも忘れなかった。

幸い、僕は成績と素行がよかったので、先生に気に入られていた。

 

そういうわけで、僕はせっせと手芸部でドレスづくりにはげんだ。

顧問の先生には、小学校のとき転校してしまった好きだった女の子にあげるのだ、と嘘をついておいた。

中学生の僕は背が低く、同年代の女子とほとんど変わらなかったので、不思議に思われることもなかった。

 

そうして素敵な女装ライフをエンジョイしていた僕だったが、中学3年のときになんと一年間で20センチも身長がのび、また全身の骨がごつごつして、声変わりをむかえてしまった。

僕に第二次性徴が訪れたのだ。

僕はもうスカートの似合う体ではなくなってしまった。

自分のからだがとてつもなく醜いものに思え、僕は泣いた。

 

高校に進学した僕は、せめてもの抵抗として、学ランの裾をスカートのように長く、美しいシルエットに改造した。

髪ものばし、大好きだったスカートの柄と同じチェリーのピアスをあけ、少しでもかわいい服装が似合うようにと努力したが、むなしいだけだった。

 

気づくと僕は17歳になっていた。

 

 

 

そして僕は運命的な出会いを果たした。

1987年、日本ではじめてできた本格的ロリータ系ブランド――Star Platinum。

「流れ星と一緒に地球にやってきた少女の服」をコンセプトにしたそのブランドの、ショーウインドウに飾られたドレスをみたとき、僕の体に衝撃が走った。

 

空色を基調とした、パフスリーブのドレスの、胸の部分には梯子レースとリボンを使った編み上げがあり、スカートの裾には金糸と銀糸で星の刺繍がほどこされている。

パニエを仕込んでいるのだろう、そのドレスは完璧なラインを描いており、マネキンの頭部には共布で作られたミニハットが飾られている。

 

僕がガラスにぶつかるほど側により、食い入るようにドレスを見つめていると、突然

 

「いらっしゃいませ」

 

と声をかけられ、心臓が口から飛び出るかと思った。

振り替えると、お人形のようにかわいらしい店員さんが、とてもこの場に似つかわしくない僕に優しくほほえみ、

 

「プレゼントですか?どうぞ中でごゆっくりご覧ください」

 

と言った。そうか、その手があったか!

 

「そうなんです、彼女の誕生日が近くて」

 

と僕は平気で嘘をつき、この店に入る権利をえた。

 

お店は内装も大変凝っており、お洋服はもちろん、傘や靴といった小物も充実していた。

しかし、いかんせん僕は普通の高校生男子よりサイズがでかい。

女性ものなど着られるのだろうか。

 

「実は彼女に内緒で、ワンピースを買いたいんですが、彼女、モデル並に背が高くて、僕とほとんど変わらないんですよ」

 

と僕はむちゃくちゃな嘘をついた。

 

「胸も足も大きくて、なかなかそういうサイズだと、かわいいのがなくて…」

 

嘘に僕の切実な本音を織り混ぜたからか、店員さんは真剣な顔でそうですよねとうなずいた。

 

「でも大丈夫です、お客様。Star Platinumのデザイナー、JOJOは実はアメリカ人と日本人のハーフなんです。ですから、外国の女性のことも考えて、170センチの方でも着られるサイズがございますよ」

 

渡りに船とはこのことか。

僕はたまたま、両親から「温泉旅行で一週間留守にするから、勝手にご飯食べてね」と言われ、もらっていたお金のほとんどすべてを使い、ショーウインドウの空色のドレスのLサイズを購入した。

 

「もし、サイズが合わないようでしたら、彼女さんと一緒にまたいらっしゃってくださいね」

 

と優しく言ってくれる店員さんに、少し罪悪感を抱きながら、僕はこれからの一週間、この素晴らしいドレスを誰にも邪魔されずに着られるだろう喜びに浸った。

 

 

 

しかしそう上手くは行かないのだった。

 

僕は、その日の真夜中、誰も止める人がいないのをいいことに、Star Platinumのドレスを着て(そう、178センチの僕でも着れたのだ!)、靴を買うお金はなかったので、いつもの革靴をはき、静まり返った住宅街を散歩することにした。

僕の住んでいる町は、夜になると人気はまったくない。

不審者すらいない。あっ僕が一番の不審者か。

 

しかしその日は例外的に人がいたのだ。

真っ暗な路地にぽつんと佇むタバコの自動販売機、そこに彼はいた。

目を見はる長身、人間ばなれした美貌、鍛え上げられた筋肉をもつその男は、空条承太郎といって、友達のいない僕でも知っている札付きの不良だった。

 

僕は想定外の出来事に固まってしまって、全く動けなかった。

 

空条承太郎も、まさかこんな夜中に人が歩いてるとは思わなかったんだろう、いやもしかしたら僕の格好にかもしれないが、驚いた顔をしていた。

 

ここで僕は走って逃げるべきだったのだ。

しかし、自動販売機のかすかな明かりでもわかる、空条承太郎のあまりのかっこよさに僕は完全にノックアウトされていた。

 

「おめー、なんか見たことあるな…俺の学校のやつか?たしか…か、かき…」

 

そしてなんと彼は僕のことを知っていたのだ。

ああ、僕の人生終わった。

 

「花京院です」

 

僕はもう完全に開き直っていた。

 

「実は僕、女装趣味があるんです。先輩がタバコを買っていたことは黙っておくので、僕が女装していたことも先輩の心のうちにとどめておいていただけると助かるのですが」

 

僕はまあ、ダメだろうなと思いながらも、交渉をもちかけてみた。

きっと明日にはクラス中に知れわたり、もともとない僕の居場所は完全になくなり、誰も口を聞いてくれなくなるんだろうな。

 

「いいぜ」

 

僕は自分の耳を疑った。

 

「おめーが趣味のいい服着てるからな、黙っててやる」

 

と空条承太郎はいった。

 

「ただし、学校で俺がお前に話しかけたときは、絶対に無視しないことが条件だ、いいな」

 

?どういうことだろう?、まあここはとりあえず了承しておくか。

 

「…わかりました」

「よし、暗いからな、気ぃつけて帰れよ。じゃーな」

 

そう言って空条承太郎は暗闇の中にまぎれてしまった。

僕はどうしていいかわからず、とりあえず自販機で空条と同じ銘柄のタバコを買い、そして自分がライターなど持っていないことに気がつくのだった。

 

 

 

次の日、あまり気乗りはしなかったが、僕は学校へと向かった。

空条が、僕との約束を本当に守るかどうかはわからない。

僕の机に「馬鹿アホ死ね変態女装野郎」と書かれていてもなんら不思議はない。

はあ~僕の社会地位どうなるんだろ…

 

しかし僕の心配したような事態は起こらず、いつもと同じ日常が繰り返されるだけだった。

退屈な授業も2コマが終了し、時計は12時を指していた。憂鬱な昼食の時間だ。

友達のいない僕は、いつも薄暗い美術室で一人食事をとっていた。

くだらない猥談で盛り上がる教室になじむことは、どうしてもできなかった。

 

Star Platinumのドレスに今週の食費のほとんどを使ってしまったので、今日のお弁当はおにぎり一つだがいたしかたない。

よいしょと席を立ち、教室を抜けようとすると僕は壁にぶつかった。

 

「おい」

 

そしてその壁は突然しゃべりだした。

 

「どこへいくつもりだ花京院」

 

思い切りぶつけた鼻をおさえ、上を向くとそこに空条がいた。

僕が壁だと思ったのは、空条のぶ厚い胸板だったのだ。

 

「ちょ、ちょっと美術室へ」

 

僕の声はあまりの驚きに完全に裏返っていた。

 

「ああ?美術室?なんだってそんなとこいくんだ」

「お弁当を食べに…」

 

昨日とは違って、昼間にみる空条の顔は、もう目から何かでてるんじゃあないかってくらい破壊力があった。

本物のイケメンというのは、まぶしすぎてまともに見ることもできないようだ。はじめて知った。

 

「じゃあ、別にいいな。俺についてこい」

 

そういって空条は僕の手を取るとヌシヌシと歩きだした。

空条の脚は嫌味なくらい長く、歩幅が違いすぎて、僕はほとんど引きずられていた。

 

気がつくと僕は屋上に連れてこられていた。

タ、タイマンか?

 

びくびくする僕を気にすることなく、空条は屋上のドアの前にどっかりと座りこむと、自分の横の地面をぽんぽんと叩いた。

 

「ここ座れ」

 

どうやら女装をネタにおどして、僕をサンドバックにするわけではなさそうだ。

言う通りにすると、空条は大きな風呂敷包みを僕の目の前に置いた。

 

「これを食え」

 

風呂敷包みの中身はお重だった。

いまどき、運動会でもみたことないぞ、こんな3段のお重…

 

空条は紙皿にひょいひょいと卵焼きや里芋の煮物やらをとりわけると、割り箸と一緒に僕にくれた。

すごくおいしそうだ。

 

僕は金欠でまともな食事をとっていなかったので、遠慮なくいただくことにした。

餌付けされている気がしないでもなかったが、男子高校生は食欲の塊なのだ。しかたがない。

 

しばらくして、僕がいまだもくもくとおかずをたべていると、空条が口を開いた。

 

「おめー、その、昨日の服だけどよ、あれ、Star Platinumだろ」

 

僕は筋金入りの不良である空条の口から、この前できたばかりの日本初のロリータブランドの名前が飛び出たことに驚いた。

 

「えっ、先輩よくわかりましたね。あ!!!も、もしかして先輩も女装癖が・・・」

「ちがう!」

 

空条は本気で怒りだした。

 

「実は、あのブランドは、お…」

「お?」

「お、俺……のおふくろがやってんだ」

「ええ!?」

 

僕は本気で驚いた。

まさか!あの、素晴らしい神のような造形の、ロリータ服が、この不良の母親から生み出されていたなんて。ないない。

 

「冗談はよしてくださいよ、先輩。」

「冗談じゃあねえ、あとその敬語気持ち悪いからやめろ」

 

空条は胸ポケットから煙草をとりだすと、美しい所作で火を付けた。

 

「それで、今日おめーを呼び出したのはな、実はStar Platinumが、今度男性用にも服を作ることになったんだ」

「ほうほう」

「で、おめーにモデルをやってもらいてーんだ」

「は?」

 

空条は細く長く紫煙を吐き出した。

 

「Star Platinum好きなんだろ?」

「いやいや、僕はStar Platinumのドレスが好きなんであって、メンズは着ませんよ」

「やってくれたらStar Platinum、社員価格で売ってやる。あとモデル代として好きなドレス一着もってっていいぞ。」

「やりましょう」

 

僕は空条の手を握り締め、即答していた。

 

 

 

放課後、僕は空条に連れられ、あるビルの一室に来ていた。

そこはStar Platinumのポスターの撮影所で、ヨーロピアンテイストなバックスクリーン、照明機器、高そうなカメラ、そして何10着ものStar Platinumのお洋服であふれかえっていた。

さすがにこの光景を見せられると、疑い深い僕でも、彼の母親がStar Platinumの社長兼デザイナーであるということに納得せざるを得なかった。

 

僕は生まれてはじめてメイクを施され、おとぎ話の王子のようなStar Platinum for menのお洋服を着せられ、(どうせなら僕はお姫様になりたかった)Star Platinumのスタッフさんにキャーキャー言われながら、 電柱のような頭をしたカメラマンの前で、何時間もポーズをとらされたのだった。

 

「疲れただろ、これ飲め」

 

普段使わない顔の筋肉を使いすぎて、ぐったりとしている僕に、空条が缶コーヒーを持ってきてくれた。

 

「ありがとうございます、先輩」

 

正直、僕は照明を浴びすぎて、めちゃくちゃ喉が渇いていたので、冷たいコーヒーがとてもありがたかった。

 

「敬語はやめろ、それに俺のことはJO…承太郎と呼べ」

「それは悪いですよ。先輩なんですから」

 

空条は思い切り眉間にしわを寄せた。

 

「敬語がむかつくんだよ」

「そうですか、じゃあやめます」

「そうしろ」

 

空条…じゃなかった、承太郎は満足そうだ。

なんだか変わってるなあと僕は思った。

まあ、僕みたいな変態をつかまえてモデルをやらせるんだから、普通の人間じゃないか。

 

「そういえば君、モデル代としてStar Platinumのドレスくれるって言ったよな」

「ああ、男に二言はないぜ、好きなのもってけ」

 

承太郎の言葉に、バイトの疲れも吹き飛び、がぜんやる気が出てきた僕は、Star Platinumの新作を片っ端からチェックしはじめた。

うさみみのついたカーディガンや、ポケットがハートの形になったアリスのようなエプロンドレス、リボン刺繍でバラの模様がほどこされたジャンパースカートなどなど、Star Platinumのお洋服はどれも僕のハートをつかんで離さない。

 

本当は全部もらって帰りたいくらいだが、さすがに性根の曲がった僕でもそれは気が引ける。

悩みぬいて僕は深緑の別珍を使った荘厳なドレスをいただくことにした。僕が姿見の前でドレスをあてていると、

 

「着てみろよ」

 

と承太郎が言った。

 

「えっいいよ、家で着るから」

「遠慮すんじゃあねえ」

 

承太郎が僕の服を脱がせようとするので、僕はあわてて自分で制服を脱いだ。

うう、恥ずかしい。

 

「おめー、下着は男物なんだな」

「うるさいな!」

 

なんてデリカシーがないんだこの男は!

 

僕がドレスを頭からかぶると、承太郎がごく自然なことのように、背中のチャックをあげた。

無防備なうなじに承太郎の無骨な手が触れてくすぐったい。

 

「あ、ありがとう」

「ん」

 

承太郎はそっけなく返事をすると、部屋の隅のダンボールからパニエとドロワーズ、緑の王冠がプリントされた白いハイソックス、そして同じ別珍の生地で作られた大きなボンネットを持ってきた。

 

「とりあえずこれもセットだから着ろ。そういや、お前ってスカートの下にはく、パニエとか持ってんのか?あと、靴何センチだ?」

「パニエとドロワーズは自分で作ったのがあるけど…靴は27センチなんだ。サイズ、ないだろ」

 

承太郎は驚いた顔をして

 

「おめー、裁縫できんのか」

 

といった。

 

「まあ、下手の横好きだけど」

「…そうか」

 

承太郎は黙って一人で考え込みだした。なんなんだ一体。

とりあえず渡されたものを身につけてみると、僕はまるで18世紀の貴婦人のようないでたちになった。

やっぱりStar Platinumは最高だ。このブランドを作ったというJOJOという人は神か。神なのか。

 

「そういや、靴だったな。ちょっとちいせえかもしれんが、これはけ」

 

と承太郎は言って、やけに大きい黒いストラップシューズをもってきてくれた。

そろりと足を入れると、その靴は僕のためにあつらえたかのようにフィットした。

 

「はいった!!!今までかわいい靴はけたことない僕が!!!」

「そりゃあよかったな」

「ありがとう承太郎!!」

 

僕は喜びのあまり承太郎に抱きついた。

すると承太郎はまるで石のように固まってしまった。

 

「あ、ごめん!」

 

あわてて離れると、承太郎はしどろもどろになりながら

 

「いや、別にいいけどよ」

 

とかなんとか言って帽子のつばを引き下げた。

なんだか承太郎の耳が赤いように見えるのは気のせいだろうか。

熱でもあるのかなあ。

 

「撮影が結構長引いちまったからな、モデル代として今着てるの一式もっていっていいぞ」

「本当かい?」

「そのかわりまた頼むかもしれねーけどよ」

「敬愛するStar Platinumのためならまたやってもいいよ」

 

最初はメンズかあ、と思っていた僕だったけどStar Platinum for menもけっこういいんじゃないかなと思い始めていた。

(いや、やっぱり僕はStar Platinum一筋だな。今のなし)

 

「親御さん心配するだろ、送ってくぜ」

「いいよ、今両親旅行中でいないし」

 

僕は荷物をまとめながらおざなりに答えた。

 

「じゃ、おめー家に一人でいんのか。飯はどーすんだ」

「適当に買って帰るよ。じゃ今日はどうもお疲れ様。モデル代ありがとう」

 

ぺこりとお辞儀をして、おいとましようとすると、承太郎にいきなり腕をつかまれた。

 

「じゃあ、俺んちで飯食って、泊まっていけ」

 

承太郎の目はなぜかギラギラしていて、その言葉には有無を言わせない響きがあった。な、なんか怖い。

 

「い、いいよ悪いし」

「俺んちに来ればStar Platinumのデザイナーに会えるぞ」

「お邪魔します」

 

そういうわけで僕は承太郎のおうちにお泊りすることになったのだった。

 

 

 

僕は空条家の前でおそれおののいていた。

(こ、これはすごい…)

 

風のうわさで「空条さん家は豪邸だ」ということは聞いていたが、まさかこれほどとは。

というか、Star Platinumの感じからして、シンデレラ城みたいな家を予想していたのだが・・・

空条家は純和風のお屋敷で、まるで大河ドラマにでてくる武士の館のようだ。

 

しかし驚くべきは家だけではなかった。

 

「承太郎 ハイ おかえりのキスよ チュッ♡」

「このアマ、いいかげんに子離れしろ!」

 

承太郎のお母様は、僕が思っていたようないわゆるヤンキーではなかった。

長いまつげに縁取られた大きな瞳は、夢見る少女のようで、この人がStar Platinumのデザイナーだといわれれば納得できる。

しかしこんな素敵な女性から、どうして承太郎みたいな不良が生まれるんだろう。

遺伝子って不思議。

 

僕が空条家に泊まる旨を承太郎がそっけなく伝えると、承太郎のお母様――ホリィさんは大変喜んで、

 

「承太郎が家にお友達をつれてくるなんて、はじめてだわ。ママ、今日ははりきって夕ご飯つくるわね。」

 

と言って、まるで花が咲くように笑うのだった。

 

僕は思わず、「恋人にするなら、あなたのような人がいいです」と口走り、承太郎ににらまれた。

こわっ、承太郎はマザコンなのか。

 

そうして僕はホリィさんの作ってくれた豪勢な料理をおなかいっぱい食べ、温泉施設のような大きなお風呂にはいり、承太郎の家による前にさっと自宅から持ってきたお気に入りのパジャマに着替えた。

 

承太郎の部屋へ向かうと、そこは僕の部屋の2倍はあろうかという広さで、すでに布団が2組しかれていた。

なんだか修学旅行みたいだなあ、と僕は思った。

まあ友達がいなかったので、トランプも恋バナもしないで九時には布団に入って寝たふりしてたけど。

 

「君の家、最高だね」

 

と縁側で煙草をふかしている承太郎に声をかけると、彼は思い切り顔をしかめた。

 

「そうか?」

「そうだよ。ホリィさんはまるで天使だし、お家は立派だし、Star Platinumがいつでも好きなときに着られるだろ」

 

うらやましいよ、とつぶやいて僕は布団の上にごろりと寝転んだ。

 

「…おめーはよ、どうしてStar Platinumがそんなに好きなんだ?」

 

承太郎はまだかなり残っている煙草をぎゅっと灰皿に押し付けると、僕のほうへ視線をよこした。

 

僕は人生で初めて人の家にお泊りをした上、承太郎が僕の大好きなStar Platinumのことを話題に出したので、興奮してかなり饒舌になってしまった。

ショーウインドウでStar Platinumのお洋服を見たとき、雷に打たれたような衝撃を受けたこと、その衝撃はほとんど恋だったこと、Star Platinumのドレスがいかに完璧で、ロココの魂を受け継いでいるか、デザイナーであるJOJOはまさに神のような存在で、僕がいかに尊敬しているかというようなことを熱っぽく1時間ほどかけて解説した。

 

「…というわけなんだ」

 

と言って、承太郎を振り向くと、彼はあらぬ方向を向いていた。

なんだよ、聞いてないのかよ!

 

しかもあろうことか承太郎は「ちょっと飲み物とってくるぜ」というと、部屋をでていってしまった。

 

しかし、ちらりと見えた彼の横顔がゆでだこのように真っ赤だったので、僕はびっくりした。

なるほど、Star Platinumのデザイナーである自分の母親をあそこまでベタぼめされて、恥ずかしくなったのだな、と僕は思った。

意外とかわいいところがあるじゃあないか、承太郎。

 

だが、自分から聞いておいて僕の熱弁をないがしろにしたのは腹ただしい。

 

僕は承太郎の弱みを握るべく、彼の部屋を物色することにした。

彼も思春期の男子高校生だ。

見られたくないものの一つや二つあるだろう。

 

この部屋にベッドはないから、本棚が怪しいなと考えた僕は、図鑑が並べられた一番大きな棚を探り出した。

するとどうだ。図鑑の裏にのばされた僕の手に、何か薄い本のようなものがふれた。

ノォホホ、詰めが甘いな承太郎。

僕はためらいなくそれを引き抜いた。

 

しかし出てきたのは、僕が期待したようなエッチな本ではなく、一冊のスケッチブックだった。

 

(なんだこれ?)

 

いぶかしく思いながらも、僕は中を開いてみた。

 

そこにはパステルカラーを基調とした、さまざまなお洋服――水玉模様の生地に、プードルの絵柄がプリントされたジャンパースカート、薔薇のレースがふんだんにあしらわれたドレス、イチゴ柄のワンピースなどのデザイン画が、大量に描かれていた。

 

今日、さんざんそれらのドレスをみた僕にはすぐにわかった。

これはStar Platinumのお洋服だ。

 

常ならば、おそらくそのスケッチに目が行くのだろうが、僕は横に書き込まれた文字のほうに意識をとられた。

筆圧の高いその字は、どう見ても男の字だった。

承太郎の母親の文字ではない。

 

(まさか、まさか)

 

僕の脳細胞は一つの仮説を導き出そうとしていた。

くうじょう、じょうたろう、JOJO、承太郎の部屋に隠されるようにしてあった大量のStar Platinumのデザイン画…彼が部屋から出て行ったのは、母親をほめられて照れくさかったからではなく、自分をほめちぎられていたたまれなくなったのだとしたら。

 

(あんなの、本人を前に愛の告白をしているようなものだ!!)

 

そのとき、僕の背中のほうから、ふすまを開ける音がした。

はっと思ったときには、承太郎が僕のすぐ隣にいて、スケッチブックは僕の手から奪い取られていた。

 

「見たのか!!」

「ご、ごめんなさい」

 

承太郎がわなわなと唇を振るわせ、うつむいた。

彼は、はたおりを見られた昔話の鶴のようだった。

僕は罪を犯し、彼の本当の姿を知ってしまった。

 

「…承太郎、Star Platinumは、ホリィさんじゃなくて、本当は君がやっていたのかい?」

 

承太郎は答えなかった。

しかし沈黙は何よりの肯定だった。

 

僕が辛抱強く、彼の言葉を待っていると、承太郎は苦しげに声を漏らした。

 

「…軽蔑したか?」

「どうして?」

「俺が…お前に嘘をついて…ロリータの服を作っていたから…」

「まさか!僕がStar Platinumのデザイナーを、敬愛はすれども、軽蔑なんてできるわけがないよ」

 

承太郎は泣きそうな目で僕を見つめてきた。

そして、僕ははじめて、彼の瞳がうつくしいエメラルドグリーンであることに気づいたのだった。

 

それから、彼はぽつりぽつりと自分のことを話し始めた。

彼の父親がジャズミュージシャンでほとんど家におらず、ホリィさんが承太郎の面倒を見ていたこと、必然的におままごとや、お絵かきといった女の子向けの遊びが中心となったこと、絵を描くことは彼の趣味となり、中学生のころに承太郎が書いたお姫様のドレスに、ホリィさんがとても感動して、冗談半分で応募したデザインコンテストで賞をとったこと…

 

「そしたらスポンサーがついて、本格的にやってみないかって言われて…気づいたら俺のブランドができてたんだ」

「それってすごい才能だよ、承太郎」

「だけど俺はただ、お袋の喜ぶ顔が見たかっただけなんだ。俺は自分が何がしたいのかよくわからなくなっちまって…それで、ふらふら夜にタバコを買いにでかけたら、おめーにあったんだ」

 

「俺はすぐにおめーが着てるのが、Star Platinumだとわかった。そりゃそうだ、あのドレスは俺自身も、けっこう気に入ってたやつだったしな。そのとき、俺は気づいたんだ。俺はおめーに着てもらうために、服を作ってたんだと」

「うそ」

「嘘じゃねーよ、てめーはさっき、俺のこと神様だって言ってたが、俺にとっちゃあ、おめーが俺の神様だぜ」

 

承太郎の顔が近づいてくる。僕の心臓が早鐘のようになっている。

 

「おめーが俺のドレスに恋したみたいに、俺は俺のドレスを着たおめーにほれちまったんだ。俺の理想のロリータはおめーだ」

 

承太郎の唇が僕の唇に重ねられる。

僕はびっくりして、思わず「神様」とつぶやいていた。

 

それを聞いた承太郎は、目を見開いた後、にやりと笑うと、

 

「俺は神様じゃなくて、ただの17のわがままなガキだぜ」

 

と言って、僕のパジャマをぬがし、そして、そして…

嫌、だめだ、恥ずかしくてこれ以上は説明できない。

とにかく、僕は承太郎が、神様じゃなくて、せ、性欲旺盛な男子高校生だということを、身をもって理解したのだった。

 

 

 

その後の話をしよう。

僕はStar Platinumでバイトをすることになった。

for menのモデルのほかにも、承太郎のデザイン画から型紙を書き起こし、サンプルを作る仕事をやらせてもらっている。

 

承太郎は僕の裁縫の腕をえらく褒め称え、毎日毎日「やっぱり俺の思ったとおりだ。俺にはおめーじゃなきゃだめだ」と耳元でささやいてくるので、僕の心臓がもちそうにない。

 

僕が高校を卒業したら、Star Platinumに就職しろと承太郎は言う。

両親がなんというかはわからないが、僕も彼の隣で、大好きなドレスを作っていたいと思う。

 

そうそう、この前承太郎が18歳になった。

 

僕が承太郎に超絶気合の入った、自作の花の刺繍でうめつくされたテーブルクロスをプレゼントすると、彼はいたく感動し、そして急にまじめな顔になると、僕に小さな宝石箱を手渡した。

 

「…あけてみろ」

 

僕がどきどきしながら箱を開けると、そこには天使の羽のついた指輪が入っていた。

手に取ってみると指輪の内側、普通なら見えない部分に星のようにダイヤがちりばめられている。

 

承太郎は指輪を持った僕の手を、そっと上からにぎりこむと、神に祈りをささげる殉教者のような姿勢になり、かすれた声で

 

「ずっと俺と一緒にいてほしい」

 

と言った。いつもなら、自信にみちあふれている承太郎の手が、かたかたと震えていた。

 

「顔をあげて、承太郎」

 

僕は彼のきらきら光る目をのぞきこみ、唇をふさいだ。

 

「こんな僕でよければ喜んで」

 

そうして僕と承太郎は末永く幸せに暮らしましたとさ。

おしまい。

 

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