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承太郎が花京院の家に転がり込んで、二人で共同生活する話

完全パラレル

 

 

 

-1-

 

「ただいま~」

 

花京院典明はため息をつきながら、午後11時、残業を終えて都内のマンションの一階にある自宅のドアを開けた。

年末は毎年なにかと雑務に追われ、帰宅が遅くなってしまいがちだが、今日は日付けをまたぐ前に帰れてよかった、とほっとしながら花京院はドアの横にある電気をつけ……

 

そしてすぐに目の前に広がる光景に息をのんだ。

 

「な、な、なな、な…」

 

今朝仕事で家を出るまでは、几帳面な花京院によってきれいに整頓されていた部屋は、瓦礫と恐ろしい数の本によってめちゃくちゃになっていた。

住みなれた我が家のあまりの惨状を見て、壊れたレコードのように、「な」しか発音できなくなった花京院が玄関で立ちすくんでいると、廊下の奥からひょいと見知らぬ男が顔を出す。

 

「おかえり」

 

それが花京院典明と空条承太郎のはじめての出会いであった。

 

 

 

「いや、本当に申し訳ない」

 

呆気にとられる花京院に頭を下げて、承太郎が説明したのは以下のようなことだった。

 

①空条承太郎は花京院の住んでいるマンションの、ちょうど真上の階に住んでいた。

②空条承太郎は海洋学者で、論文作成のために大量の本を買い込み、そのため部屋の床が抜けた。

③年末年始のため工事業者が休みで、床を直すのに時間がかかり、その間花京院の部屋に居候させてほしい。

 

「な、なな、なんでぼくの部屋に住むんですか」

 

花京院が涙目になって尋ねると、承太郎は真剣な顔で答えた。

 

「この本がないと論文が書けん。移動させるにもすごい量だ、申し訳ないが頼む」

 

この通り、と2m近い大男が体を折り曲げ、頭を下げて頼むものだから、花京院は困ってしまう。

 

「顔をあげてください、空条さん」

「頼む、論文の締め切りが近くて、今から他の部屋を探している余裕がないんだ」

 

どんどん頭を下げるために、ほとんど土下座のようになってきている承太郎に、花京院はなんだか自分がとてつもない悪党のように思えてきた。

 

孤独を愛し……というよりは、団体行動が性にあわない花京院にとって、赤の他人と一緒に生活するなど、普通ではとても考えられないことだったが、彼は意外と情に厚い男である。

花京院は思った――捨てられた子犬のように哀愁を漂わせ、自分を頼ってくる人間を無碍にはできない、と。

 

(花京院典明、お前は困っている人を見捨てるような心ない奴なのか。違うだろう、他人と住むくらいどうした!男を見せろ!)

 

長い沈黙の後、花京院典明は口を開いた。

 

「……いいですよ、ぼくの部屋で良ければ使ってください」

「本当か」

 

がば、と承太郎は顔を上げると、花京院の手を強く握りぶんぶん上下に振った。

 

「ありがとう、本当にありがとう。この恩は一生忘れない」

 

嬉しい、君が神様に見える、と言われて花京院はうろたえた。

なぜなら、あまり他人と深くかかわらないように生きてきた花京院にとって、今日会ったばかりの人間に手を握られるなど、刺激が強すぎるからだ。

 

普段他人の手に触れる機会など、コンビニでお釣りをもらうときだとか、会社で書類を手渡されるときしかない花京院にとって、久方ぶりに感じる他人の体温は彼を赤面させるのに十分すぎた。

 

しかも承太郎の瞳は、花京院が大好きなきらきら光る緑色だったのだ。

花京院はその深海のようにも見える美しいグリーンアイズに完全に骨抜きにされてしまった。

 

「え、あ、あの、こ、困ってるときは、お互い様ですよ、はは」

 

しどろもどろになりながら、なんとか花京院がそう答えると、感極まった承太郎が彼を抱きしめる。

 

「君に迷惑はかけない、洗濯でも掃除でも何でもさせてくれ」

 

これからよろしく頼む、と承太郎に言われても花京院の頭はもうパニック状態で、何もしゃべることができなかった。

 

そのあと二人は、一つしかないベッドをどちらが使うかで揉めに揉め、結局その長身のためにベッドからはみ出してしまう承太郎が体を丸め、花京院を抱き込んで眠ると言う結果になった。

すうすう寝息を立てる承太郎の筋肉質な腕に抱きかかえられ、花京院はうなじに感じる吐息に悩まされて、なかなか寝付けなかった。

 

 

 

朝、眠たい目を擦りながら花京院がベッドから起き上がると、既に瓦礫は片づけられていて、山ほどあった本も小分けにされ、部屋の隅に積まれている。

花京院は寝起きで回らない頭で考えた。

 

そういえば昨日、帰ってきたら部屋がめちゃくちゃになっていて……はて、そのあと自分はどうしたんだったか、夜中の内に小人がやってくれたのだろうか、と花京院は首をかしげた。

しかも部屋には何故だか食欲をそそるいいにおいが充満しており、花京院は肺いっぱいに空気を吸いこんだ。

 

なんだろう、と彼がキッチンへ向かうと、昨日の闖入者が平均日本人サイズに合わせてつくられたシンクで、大きな体をかがめて少しやりにくそうにフライパンを洗っている。

 

「おはよう」

 

花京院に気付いた承太郎が、さわやかなオーラを纏いながら最高の笑みを見せ、花京院は頭を抱えた。

そうだった、昨日床が抜けたと言ってこの男が家にやってきたのだった、花京院は昨夜のあまりにも突拍子のない出来事に記憶があいまいになっていた。

 

「お、おはようございます空条さん」

 

となんとか挨拶すると、承太郎は花京院の冷蔵庫の中身を使って食事を作ったという。

 

「勝手に人様の家の冷蔵庫を開けて申し訳ない。口に合うかはわからないが、まあ試してみてくれ」

 

そう促されて、花京院はパジャマのまま承太郎と向かい合わせで食卓に座る。

一人暮らしをしている花京院だったが、一応来客のことも考えて椅子を二つ用意しておいてよかったな、と彼はこのとき心底思った。

ぴしりと支度をしている承太郎の前で、寝起きの乱れた髪のまま座るのは気恥かしかったが、テーブルの上に並んだ朝食に花京院は目を奪われた。

 

ほかほかのご飯に、豆腐とわかめの味噌汁、きゅうりとカニの和え物、黄金色に輝く卵焼きと、香ばしく焼けた鮭が整然と配置されている。

ごくり、と思わず喉を鳴らす花京院に承太郎は嬉しそうに微笑んだ。

 

「いただきます」

 

二人で手を合わせて、それから花京院が食事を口に運ぶとじわ、とうまみが舌の上に広がっていく。

空腹がゆるやかに満たされていく幸福に、口角が上がる。

 

「……おいしい、すごくおいしいよ」

 

花京院が絶賛すると、承太郎はそりゃあよかった、とほっとしたような顔を見せた。

 

「でも、鮭なんか冷蔵庫にあったかい?」

「ああ、それはおれの部屋から持ってきたんだ。床が抜けてるから、取りに行くのがちいと面倒だったがな」

「危ないよ、それでぼくの頭上に落ちてきても、受け止められないからね」

「……気をつけるぜ」

「このきゅうりとカニの和え物はどうやったんだい?」

「きゅうりは塩で板ずりして、缶詰のカニと混ぜた」

 

花京院は承太郎と会話しながら、行儀の悪いことだとわかってはいるが、ちらちらと彼を盗み見た。

承太郎の大きな手が繊細な動きで箸を使うさまは、見ほれるほどに優雅だ。

人の育ちは食事に出ると言うが、花京院は承太郎が綺麗に魚の骨を取るのを見ながら、大切に育てられたんだろうと理解した。

 

「……ごちそうさま」

 

残さず食べ終えて、花京院が箸を置けば承太郎と目が合った。

 

「お粗末さまでした」

 

長いまつげに縁取られた宝石のような目を、花京院はなんて美しいんだろう、と思った。

 

仕事に出かける間際、初めてじっくりと天井に開いた大穴を見つめ、花京院は言葉を失った。

見事にぶち抜かれた穴の向こう側に、承太郎の家の天井が見える。

あまりの状況に一瞬思考が停止した花京院だったが、まあ、今のところコンクリートの欠片が降ってくることもないし、いつかは直るだろう、と落ち込まないように深く考えないことにした。

 

行ってきます、と声をかければリビングで既に論文を書き始めていた承太郎が行ってらっしゃいと返事をくれて、なんだか自分の居住空間に人がいるというのも、いいものだなあと花京院は思った。

 

 

 

-2-

 

花京院典明はしがないサラリーマンである。

 

「花京院、ちょっと来てくれ」

「はい」

 

今日も彼は出勤早々、スピードワゴン財団目黒支部、医療薬剤課の上司に呼び出された。

一際大きな上司のデスクに向かえば、ぽんと書類を渡される。

 

「これな、新薬の名前の候補なんだけど、社内アンケートとって幾つかに絞りこんどいて」

「わかりました」

 

では、と言って早速仕事にとりかかろうとすると、上司はまあ待て、と花京院を呼び止めた。

 

「あとこれ、勉強会用の海外論文、20部刷って読んでまとめといて」

「…はい」

「それから、スピードワゴン財団100周年記念パーティーに招待する、ジョセフ・ジョースター様用にホテルと飛行機の手配して」

「……はい」

「そんで新商品の栄養ドリンク、スピードワゴンZのパッケージデザインと、販売戦略と、10文字以内でキャッチフレーズもな」

「…………わかりました」

 

というわけで、その日も花京院が自宅に帰れたのは、もう時計の針が真上をさそうかという時間だった。

 

花京院がよろよろとふらつきながらマンションへ帰ると、居候である承太郎がリビングにあるこたつで、角で人を殺せそうな本の砦に囲まれるようにして眠っている。

長い睫毛を伏せて眠る彼の真横に、花京院は分厚い封筒とメモが置かれているのに気づいた。

メモにはこう書かれていた。

 

 

 

花京院さん、お帰りなさい。

おれが家をお借りしている間の光熱費、食費、水道代、あと迷惑料等々、当面の生活費はここにあるお金を使って下さい。

足りなかった場合は、また言ってくだされば用意します。

花京院さんのご好意に甘えてばかりで、本当にすみません。

 

夕食は食卓の上に用意しておきました。

花京院さんの冷蔵庫の食品を、また使わせていただいてます。

今度、買い出しに行ってきますので、ご容赦下さい。

 

空条承太郎

 

 

 

読み終えてから花京院はちらりと封筒を覗き、その中身が全て一万円札だということに気づくと、びっくりしてすぐにそれをこたつの上に戻した。

そして彼は考えた。

 

一体この空条承太郎とは、どういう人間なのだろう。

自分が知っているのは、彼の名前と職業と、この部屋の真上に住んでいたということだけだ。

彼がどこで生まれ、どこで育ち、何を好み生きてきたのか、自分は全く知らない。

そんな赤の他人と、奇妙なことに一緒に住むことになったのだ。

 

花京院は承太郎に毛布をかけ、それから食卓の上にあったロールキャベツを頬張りながら、もっとこの男について知りたいと、そう思うのだった。

 

 

 

空条承太郎が目を覚ますと、既に太陽は高く上がっていた。

まずい、寝過した――承太郎が勢いよく起き上がると、肩から何かがするりと床に落ちた。

見るとそれはさくらんぼがプリントされた、柔らかな毛布で、承太郎は自分が使った覚えのないそれに首を捻った。

 

部屋を見渡すと既に花京院の気配はなく、食卓に朝食と書き置きと、その横に鍵が置かれている。

メモにはこう書かれていた。

 

 

 

空条さんへ

 

ぐっすり眠られていたので、起こしませんでした。

ぼくは先に仕事に行きます。

 

合鍵がないと不便だと思いましたので、用意しておきました。

もし出かけるときには、鍵をしておいて下さい。

 

それとお金はあまりに大金だったので、こたつの上にそのまま置いてあります。

1週間の終わりに、5000円もいただければ十分です。

 

ぼくは今日、今年の仕事納めなので、明日から正月3が日までは家にいます。

執筆の邪魔にならないようにするので、よろしくお願いします。

あと簡単ですが、朝食を用意しておきました。良かったら食べて下さい。

 

花京院典明

 

 

 

承太郎は食卓に用意されていた、さくらんぼのジャムを塗られた食パン、ポテトサラダ、目玉焼きとヨーグルトを食べ、紅茶を飲んだ。

それから書き置きの神経質そうな花京院の文字をなぞり、隣に置かれた合鍵を見て、恍惚とした表情を浮かべた。

 

承太郎のことを何も知らない花京院と違い、承太郎は花京院典明のことをよく知っていた。

彼の名前、生年月日、電話番号はもちろん、学歴、実家の住所、家庭環境、職場環境、好きな食べ物、趣味、行動パターン、そして花京院典明に今まで恋人ができたことがないのも知っていた。

 

承太郎はもともと、このマンションの最上階に1つだけある広々とした部屋に住んでいた。

しかしある日の深夜、一階のこじんまりとした部屋に帰宅する花京院を偶然見かけた時、承太郎は一目で恋に落ちた。

 

花京院のことが気になって夜も眠れなくなり、来る日も来る日も彼のことを考え、ついには花京院典明について、多少非合法な手段も使って徹底的に調べあげていた。

今まで住んでいた部屋の半分ほどしかない、花京院の真上の部屋にわざわざ移り、不便な暮らしをしながら、承太郎はどうやって彼に近づこうか考えていた。

 

その矢先に自室の床が抜け、花京院と同居することになったのは、承太郎にとっては願ってもない好機であった。

 

承太郎は花京院の残したメモの筆跡に愛しげにキスを落とし、これからの花京院との生活を想像して歓喜に震えた。

どうやって手にいれようか悩んでいた獲物が、自分から承太郎を招き入れてくれたのだ。

時間はいくらでもある、ゆっくりと逃げられないように絡め取ってしまえばいい、と考えながら承太郎はうっそりとほほ笑んだ。

 

 

 

-3-

 

その日、花京院典明は年内最後の仕事を終え、イルミネーションがキラキラと輝く街のなかを、自宅に向かって歩いていた。

浮き足だった人々の群れを横目に、そういえば年越しを誰かと迎えるというのは久しぶりだなあ、と彼は思った。

 

社会人になってから、わざわざ正月に雪の多い実家に帰るのが面倒で、花京院はいつもゴロゴロと一人でテレビを見ながら正月を迎えていた。

しかし、今年は元2階の住人が花京院の家にいるのだ。

クリスマスも何もしなかったし、せっかくだからケーキでも買っていくか、と花京院は外装の凝った小さな洋菓子店へと入った。

 

「ただいま~」

 

ケーキの入った紙袋を持って自宅へ帰ると、紺色のエプロンをした承太郎が出迎えてくれた。

 

「ケーキを買ったんだ、一緒に食べよう」

 

と花京院が紙袋を差し出せば、承太郎は嬉しそうに笑った。

 

「ありがとな、でもまず夕飯にしようぜ」

 

承太郎に促されてリビングに向かえば、食卓には所狭しと色とりどりの料理が並べられていた。

 

「うわーすごい!これ、どうしたの?」

「正月っていやあ、お節だろ。今日買い出しに行って、1日かけて作った。これだけ作っとけば、正月まで持つだろ」

 

花京院は食欲をそそる匂いに、ごくりと唾を飲み込んだ。

 

「なんだか、勿体なくて食べられないよ。この栗きんとんとか」

「せっかく作ったんだから、食べてもらわねーと困るぜ」

 

承太郎はひょいひょいと、煮物やら昆布巻きやら膾を取り分けると、花京院の前へと置いた。

 

「…そうだね、じゃあお言葉に甘えて、いただきます」

 

花京院は恭しく箸をとった。

よく煮込まれた人参を口に運ぶと、優しく甘い味が広がり、疲れがゆるゆるとほどけていく。

 

「酒も買っといたぜ、少しは飲めんだろ?」

「じゃあ、もう仕事ないし、今日は飲むかな」

「おう、飲め飲め」

 

承太郎が注いでくれた日本酒を花京院はちびちび飲みながら、二人は一緒に食事を楽しんだ。

 

 

 

気がつくと、なぜか花京院典明はふわふわとした雲の中にいた。

温かく大きな存在に包まれ、ブランコに乗っているときのような心地よい浮遊感に笑いだしそうになる。

ぎゅうと体の周りの雲を抱きかえすと、意外と確かな感触が返ってきて、花京院は首を傾げた。

まあ、夢だからそういうこともあるのかな、と彼は特に気にせず、空中飛行を楽しむことにした。

 

しかし、突然体が重力に絡めとられ、急降下を始める。

真っ逆さまに落ちていく感覚に、花京院はパニックを起こして雲にしがみついた。

余りの衝撃に気を失う瞬間、花京院は自分の名前を呼ばれた気がした。

 

 

 

チュンチュンと窓の外から小鳥の声がして、花京院は目を覚ました。

なんだか不思議な夢を見た気がする、と働かない頭でぼんやりと横を見ると、そこには全裸の美丈夫がいた。

 

「!?」

 

その距離の余りの近さに、驚いてがば、と身を起こすと腰に激痛が走る。

毛布が滑り落ち、見れば花京院自身も何も身に纏っていなかった。

 

「な、な、な…」

 

わなわなと震えていると、隣で眠る男の瞼がゆっくりと持ち上がった。

朝日を浴びてキラキラと輝くグリーンアイズは、花京院の姿を認めると甘くとろける。

 

「おはよう、花京院…」

 

ぬっと逞しい腕が伸びてきて、花京院は承太郎の胸に抱き込まれた。

余りの事態に頭が全くついていかない。

 

「えっあっ、く、空条さん…」

 

ちゅ、と額にキスが落ちてきて、花京院の頬は林檎のように真っ赤に染まった。

承太郎は花京院を抱き込むと、甘えるように耳元で囁いた。

 

「…名前で読んでくれないか、昨夜みたいに」

 

吐息のかかるような近さで発せられた、腰に響く低音に花京院は体を震わせた。

すり、と承太郎の長い脚に体を絡めとられ、花京院はだんだんと昨夜のことを思い出してきた。

 

 

 

年内の仕事も終わり、いつになく浮かれていた花京院は、上手い料理も手伝ってかなりの量の酒を摂取していた。

いい具合に酔いが回り、体が熱くなった彼は、ネクタイもワイシャツのボタンも外し、しどけない姿でぼんやりと穴の空いた天井を見ていた。

 

「何を見ているんだ?」

 

承太郎に問われて、花京院はクスクス笑った。

 

「いや、君の落ちてきた穴をね」

 

随分派手に開けたね、と言えば承太郎も花京院の横に寝そべって天井を見上げた。

 

「ああ、本当だな。おれの部屋が見えちまってる」

「だろ?」

 

上機嫌に笑った後、花京院はごろ、と横を向いて承太郎の顔を見つめた。

 

「…よく見ると、君って凄く睫毛が長いね、目は緑色だし…」

 

そう呟けば、承太郎も花京院の方を向いた。

 

「母親がアメリカ人でな、髪は黒いのにおかしいだろ」

「ううん、すごく素敵だ。」

 

花京院はうっとりと海を閉じ込めたような承太郎の目を見つめた。

 

「ぼく、緑色が好きなんだ」

「知ってるぜ」

「あれ、前に話したかな?」

 

と花京院が首をかしげると、承太郎は歯切れが悪そうに、

 

「ああ、まあ、部屋にも緑色のものが多いだろ…だから何となくそう思っただけだ」

 

と返したが、花京院のアルコールでぼんやりした脳は、特に不自然さも感じずにそうか、と納得してしまった。

 

「それにしても嫌味なくらい綺麗な顔だな、手足は長いし、声もいいし…モテてしょうがないだろ」

「…そんなことはねえ、大体おれが好かれたいやつは一人だけだ」

 

じっとエメラルドのような瞳に見つめ返されても、酔いが回って理性のタガが外れた花京院は視線を外さなかった。

 

「君にそんなふうに思われる相手は幸せだな」

 

ふふ、と笑いかけると、承太郎は苦しげに眉をひそめた。

 

「…わからねえのか、おれが好かれたい相手は、お前一人だぜ、花京院」

 

花京院が呟かれたその言葉を理解する前に、焦れたような承太郎にかき抱かれ、唇を奪われる。

 

「好きなんだ、お前のこと」

 

どきりとするような熱を孕んだ声で囁かれ、そしてもう一度二人の距離が近づいて…

 

 

 

「うわああああ!」

 

花京院は顔を手で覆って、じたばたと悶えた。

アルコールのせいもあって、何だかとても恥ずかしいことを言ったり、されたりしたような気がする。

承太郎に見つめられ、名前を呼ばれながら求められて、昨晩、花京院は初めて他人と熱を交わしたのだった。

 

「どうして顔を隠すんだ、よく見せろ」

 

ぐいと承太郎に腕を引っ張られて、花京院は狼狽えた。

 

「は、恥ずかしい…あんな女の子みたいな声出して…」

 

もう君の顔見られない、と枕に顔を埋めれば、承太郎は昨日の花京院を思い出したのか、

 

「すごく可愛かった、最高だった、食べちまいてえくらいだ」

 

とうっとりと言うものだから、花京院はますます小さくなった。

 

「おれの名前呼びながら、首に手を回してきたよな…あれはおれも結構やばかったぜ」

「い、言うなぁ…」

 

ぽかぽか叩いても、承太郎は笑みを浮かべたままだ。

 

「でも、おれのこと好きだろ?」

 

意地の悪い質問に、花京院はじろりと承太郎を睨んだ。

すると急に叱られた子犬のように、承太郎が

 

「…嫌いなのか」

 

と泣きそうな声で言うものだから、花京院は慌ててそれを否定した。

 

「す、好きだよ…最初に会ったときから、格好いいなって…その、あの…」

 

しどろもどろになって、ちらりと承太郎を伺うと、彼はニヤニヤと笑いながらこちらを見ていた。

 

「あっくそ、騙したな…!」

「そうか、おれはお前の好みのタイプだったんだな、よかったよかった」

 

嬉しそうな承太郎に、ぎゅうと抱き締められれば、花京院の怒りはどこかに吹き飛んでしまった。

しばしの沈黙の後、

 

「…なあ、しばらくここにいていいか?」

 

と承太郎に甘えるようにそう聞かれて、花京院はなるべく冷静を装いながら

 

「天井が直るまでならね」

 

と答えた。

 

「もういっそのこと、天井ぶち抜いたままにして階段つけちまわねーか?」

「何を言ってるんだい、君は!」

 

花京院は、枕でばふばふと承太郎を殴った。

 

しかし、そんな花京院がしばらくたった後、一階と二階を隔てる床を綺麗さっぱり取り払い、階段が取り付けられた空間を見つめ、

 

「吹き抜けもいいものだね、承太郎」

 

と呟くのを、この時の二人はまだ知らない。

 

おわり

 

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