
花京院典明は、物静かな男である。
おれも散々、無口だとか言葉が足りないだとか言われているが、花京院もあまりベラベラと喋る方ではない、と思っていた。
だが、ポルナレフやじじいが遊びに来たときに、楽しそうに話をする彼を見ていて、おれは気付いた。
おれといる時だけ、花京院は口数が少ないのだ。
どうしてだろうと考えてみると、人の心の機微を敏感に読み取る彼とは、会話なしでも意思の疎通ができてしまうのだった。
例えば朝食にヨーグルトを食べようとして、しまったスプーンを忘れた、と思った時にはもう、目の前にそれが差し出されている。
論文の執筆に疲れたおれが、ちょっと休もうかと思えば、
「疲れたろ」
と言って、ココアと毛布を持って彼がやってくる。
嫌なことがあって、ため息をついてソファに腰掛けると、何も言わずに彼が隣に座り、肩にもたれて甘えてくる。この上なく可愛らしい彼のふわふわとした髪を撫でていると、ささくれ立った心もじきに落ち着いてくる。
こういう風に、おれと花京院は言葉なしにコミュニケーションが成立してしまい、それゆえに、あまり会話を必要としないのであった。
だがしかし、これには一つ問題があった。
「う……っ、ん、んぅ、ん、ふ……っ」
ベッドの上で、室内灯のほのかな明かりに照らされた花京院は、おれに揺さぶられながら必死に声を噛み殺している。
これだ、問題は。
「……気持ち、いいか?花京院」
勃ち上がり、とろとろと粘液を零すペニスを握り込んでやると、花京院がびくりと体を震わす。
彼は手の甲を口に当てたまま、こくこくと頷いた。
同時に後孔がきゅうきゅう、と締まることからも、花京院が快楽を感じていることは、よくわかる。よくわかるのだが……
花京院は、行為の時に声を出すのを嫌う。ある種、異常なほどに。
セックスの最中、その薔薇色の薄い唇から漏れるのは、ほとんど吐息だけだ。
枕に顔を埋めたり、手のひらで口を覆ったり、とにかく彼は頑なに声を出さない。
何故なのだろう。
いつもは好きにさせていたが、今日に限ってやんわりと彼の手を取り、口から引き離すと、花京院が困ったように視線を彷徨わせる。
すかさず、ぐちゅぐちゅ、と淫らな音を立てて中をかき回してやると、花京院が悲鳴をあげた。
「あ、ひ……っ、う、うああっ……♡」
その、甘く蕩けるような声に驚いて、思わず動きを止めると、花京院が慌てて口を覆う。
「あ、ち、違うんだ……今のは、その、えっと……」
焦ったように早口になる花京院は、可哀想なくらい頬を真っ赤に染めている。
おれは、初めて聞いた彼の嬌声に感動して、馬鹿みたいな顔のまま動けなかった。
すると花京院の蜜のようにとろりとした菫色の瞳に、みるみる涙が浮かんでくる。
「ど、どうした」
体を震わせ、しくしく泣き始めた花京院に問いかければ、彼は切れ切れにこう答えた。
「ご、ごめん……もう、声を出さないから、嫌いにならないで……」
ん?とおれは思った。どういうことだ、何故おれがお前を嫌いになるのだ。
辛抱強く、彼の次の言葉を待てば、だって、と花京院は続けた。
「君、うっとーしいのは嫌いなんだろう?大和撫子がタイプだものな……」
今度は思わず、なんだそれ、と声を出していた。
「だって、だって……昔、酔っ払った時に、君言ってたじゃあないか……」
「そ、そうだったか?」
まずい、全く覚えていない。
ひくっと喉を鳴らし、花京院は目を真っ赤に腫らして、じっとこちらを見ていた。
「だからいつも、声を我慢してたのか?」
と聞けば、花京院は素直にこくりと頷いた。
ああ、おれは何て馬鹿なことを言ったのだ。
花京院のあの可愛らしい声を、今まで我慢させていたとは、勿体無い。
昔のおれをぶん殴ってやりたい。
「おれがお前を嫌いになるわけねえだろ」
もう我慢しなくていい、こつん、と額を触れ合わせてそういえば、安心したのか花京院が泣きやんだ。
あやすように頭を撫でてやると、彼が体をすり寄せてくる。
「お前が頑なに声を出さねえから、セックスが嫌いなのかと思っていた」
すると、ぶんぶんと花京院が勢いよく首を振る。
「違う、その……君とするのは、気持ちよくて、ぽーっとして……その、す、すごく好き、なんだ……」
恥ずかしそうに俯いた彼の耳が、紅葉のように真っ赤になっていた。
愛しさにたまらず、彼の体を掻き抱くと、腕の中から小さな悲鳴が聞こえる。
「お、お願いだ、さっきから、もどかしくて……」
早く、動いてくれないか。強請るようにそう言われて、おれのわずかに残っていた理性が、ガラガラと音を立てて崩れていく。
細い腰を鷲掴み、思うさま揺さぶってやれば、花京院の口からひっきりなしに甘い声がちぎれ飛ぶ。
「あ、あはっ、あ、あ、ああ……っ♡」
ぎゅう、とおれの肩に縋りつき、彼は一房長い前髪を躍らせて悶えている。
ぷるぷる、と小動物みたいに震える花京院の瞳が、熱っぽく潤んでいて、おれは嬉しい。
粘膜は柔らかく熟れているのに、彼の後孔はおれをきつく締め付けてくる。
入口近くの浅い位置を、何度も執拗に擦ってやれば、花京院の太腿がガクガク震えた。
「ここ、好きか?」
愉悦の根源となっている器官を、ペニスの先でぐりぐり刺激してやると、好き、と舌ったらずな答えが返ってきた。
「すき、すき、きもち……♡んあ、あ、すごい、ああっ、あんっ♡」
声を出すことで羞恥が薄れているのか、いつもはされるがままの花京院が、ゆらゆらと腰を揺らし、腹に付かんばかりに反り返った性器を自分で扱いている。
彼の細い指が、蜜を零す先端に絡みつくたび、きゅうと後ろが締まり、たまらない。
快楽に忠実に、欲望に素直になった花京院が、ここまで凄艶だとは思ってもいなかった。
今までの、乙女のように恥じらう花京院も初々しくて可愛らしかったが、淫らに咲き誇る彼は恐ろしいまでの色香を孕んでいる。
彼の体から危険な甘い香りが匂い立ち、頭がくらくらする。
気を抜くと、すぐにでも持って行かれそうだ。
「はぅ、ん、うぅんっ、もっと……もっと、おちんちん、ください……っ♡」
乞われるまま、下生えが彼の尻につくくらい、根元までペニスを押し入れる。
腹の奥までおれを飲み込んだ花京院が高い声を上げ、その体が弓なりに反りかえる。
間髪をいれず、何度も何度も最奥を突けば、ぱん、ぱん、と乾いた音が響いた。
「オラ、気持ちいいか、花京院……っ」
「あ、あは……っ、うんっ♡すごい、きもちいい……っ、も、イキそ……っ♡」
嬉しそうに体を跳ねさせ、花京院は唇に笑みを浮かべる。
屹立した自身を扱く反対の手で、かり、かり、とぷっくりと充血した乳首を自引っ掻く彼は、いつもの理知的な姿からは想像できないほどに淫猥だった。
柔らかく真白な尻の形が歪むほどの、激しい律動を続けるうちに、おれの方にも無視できない射精の予感が下腹に溜まってくる。
ねっとりと重く、抗いがたいその感覚に急かされて、腰の動きを止められない。
発情した獣のように、全身で快楽を体現する彼の体を押さえつけ、ガツガツ奥を突いて乱暴なまでのスパートをかける。
「きゃう……っ、んっ、んああっ、あ、はげし……っ、やぁっ……♡」
嫌、なんて言いながら、花京院はおれの腰に脚を絡めてくる。
キスでその悪い口を塞ぎ、口蓋を舌で舐めあげると、ぞくぞくと背筋を快楽が走り抜ける。
好きだ、好きだ、好きだ。興奮のあまり、脳の神経回路が焼き切れてしまいそうだ。
中に出すぞ、と切羽詰まった声で告げると、出して、と花京院が精液を強請る。
激しいピストンに、振り落とされまいとおれの背中に爪を立て、彼が悲鳴を上げる。
「あっ、あん、あんっ、イく、も、イくっ、イっちゃ〰〰〰〰っ♡」
「っ――――」
びゅるる、と勢いよく精液を放つ花京院の不規則に収縮する後孔に、とめどない快楽を感じながら、おれも大量に白濁を注ぎ込んだ。
頭が真っ白になるような恍惚の瞬間が終わっても、いまだに下半身が快楽に痺れている。
今まで我慢した分を取り返すように、散々喘いだ花京院もまた、ぐったりとその体をベッドに預けている。
火照った肌に、精液が点々と飛び散っているのが、たまらなくいやらしい。
ローションでしとどに濡れそぼった会陰を、湯に浸したタオルでぬぐってやろうとすると、花京院がそれを押しとどめた。
いぶかしく思って、どうしたと聞けば、また汚れるだろうから、と彼は笑った。
「まだまだ、こんなもんじゃあ、終わらないだろう……?」
承太郎、と耳に息を吹きかけられて、ぞぞと肌が粟立つ。
蠱惑的に微笑んだ彼の瞳に、ハートマークが浮かんでいるような気がして、おれはまた彼の体をベッドに押し倒した。
おしまい