幸福とはなんだろうか。
ある者は、それは金だと答えるかもしれない。
またある者は、地位や名誉と答えるかもしれない。
だが、それはどれも間違いだ。
おれは20数年生きてきて、やっと真の幸福とは何かを理解した。
それは愛である。
以前、旅の道中でポルナレフが「富や名声より愛だぜ」と暑苦しく語っていたとき、おれはまた始まったなと煙草をふかしながら聞き流していたが、あのお調子者のフランス人は、世の真理をついていたのだ。
当時の自分をぶん殴って、「ちゃんと聞け」と言ってやりたいくらいには。
つまるところ、何が言いたいかというと、今のおれには圧倒的に花京院が足りていないのである。
よろよろと倒れるように我が家にたどり着くと、花京院が走りよってきた。
「おかえり承太郎、帰ってこられたんだね」
大丈夫かい、とおれを覗きこむ花京院の顔を見た瞬間に、愛しさが込み上げて泣き出しそうになる。
無言で強く彼を抱きしめ、つむじに顔を埋めて息を吸えば、花の蜜のようないい香りがする。
「承太郎、重い重い」
こら、と文句を言いながらも、花京院はおれを抱き返してくれた。
背中に感じる花京院の腕のぬくもりが心地よい。
「花京院…」
ただいま、と絞り出すように声を出すと、ようやく我が家に帰ってこられたのだという実感が湧いてくる。
最近は仕事で家に帰れない日々が続き、毎日数分間の彼との電話だけがおれの生きがいだった。
おれはずっと花京院に会いたかった。
会って、顔を見て、声を聞いて、彼の存在を確かめたかった。
だがしかしそれが満たされても、花京院に関しては際限なく欲が生まれてくる。
「な、なあ承太郎…その、当たっているんだが…」
おれの腕の中でプルプルと体を震わせて、花京院が訴えてくる。
「…わりぃ、お前の顔を見たら、勃っちまった」
ぐり、と彼の臍のあたりに硬くなった自身を押し付けてやると、花京院はうろたえた声を出した。
「う、ああっ…じょ、たろっ、こんな所じゃあ、いやだっ」
ばたばたと暴れて、おれの腕から逃げ出した花京院の頰は、リンゴのように真っ赤になっている。
はーはーと荒い息をこぼし、潤んで赤みを帯びた瞳で睨まれても全く怖くはなく、逆に劣情を煽ることにしかならない。
「君、疲れてるんだろ…」
「この3日間は、ロクに寝てねえ」
「ご飯は食べたのかい」
「サンドイッチを軽くつまんだぜ」
「風呂は」
「仮眠室でシャワーを浴びてきた」
じゃあこのまま寝てしまえよ、と言いたげな花京院の手を取り、手の甲から体の中心に向かってどんどんキスを落としていく。
「寝るなら、お前を抱いて寝る…」
久しぶりなんだ、我慢できねえ。
そう、花京院の耳元に吹き込むと、彼はびくりと体をこわばらせる。
一瞬、花京院は考えるように瞳を彷徨わせ、それから少し不満げに唸り、おれの腕を引っ張ってずんずん寝室へ歩いていく。
ようやく観念したかと思い、ぶら下がるチェリーのピアスよりも真っ赤な耳を噛もうとすると、花京院がおれの体をベッドに押し倒した。
「君は、疲れてるんだから、今日は動かなくていい…」
ぼくがする、とおれにのしかかる花京院の目が、獣のようにギラついていておれは驚く。
おい、と声をかける間も無く、彼が鼻先をおれの股間へと埋めた。
「ぼくだって、ちゃあんと君を気持ちよくできるんだからな…」
大人しく寝ていてくれよと呟いて、花京院はおれの体をハイエロファントグリーンの触手で、ぐるぐると縛りあげていく。
ベッドに縫い付けられた腕を、なんとか動かそうとするものの、疲労困憊した今のおれの力では、どうしようもなかった。
「か、きょう、いんっ…う、あっ」
花京院は手早くおれのベルトを外し、ズボンと下着を中途半端に膝のあたりまで下げる。
既に硬く屹立したおれのペニスが、ぶるりと勢いよく飛び出ると、花京院はその大きな口でぱくりと根元まで咥え込んだ。
「ぅん…っ、む、ふっ、ん、んむぅ…」
花京院の荒い息がかかってもどかしい、下生えに絡められた指がくすぐったい。
薄い唇のふにゃりとした柔らかさ、熱く湿った口腔粘膜の弾力、ぬるぬるとよく動く舌の濡れた感触が気が遠くなるほど心地よい。
「は、あっ…か、きょういん、っふ、ぅ…」
ぶる、と背筋を快楽が走り抜けていく。
内腿に落ちかかる花京院の前髪が、彼が動くたびにさらさらと肌を撫でる。
花京院はおれの性器を舐めるのをやめ、代わりに長い指で擦り上げながら、その下の陰嚢を食んでいた。
「んむ、は…久しぶりだから、精子いっぱい溜め込んで、ぴくぴくしてる…」
かわいいねと悪戯っぽく笑って、花京院は恍惚とそこをねぶる。
たらたらと幹を伝う先走りが、花京院のほっそりとした指を汚していくが、彼はそんなこと気にはしていないようだ。
「かきょういんっ…いれてえ、いれさせろよ…っ」
自由にならぬ体をもどかしく捻り、花京院の頬にペニスを擦りつける。
みっともなく腰を振り、彼の紅潮した頬にぬるぬると先走りを塗り広げていく。
いつも取り澄ました、聖職者然としている花京院の顔を、卑猥な液体で汚す悦びにおれの体は戦く。
「ふはっ…承太郎、我慢できないのかい」
やらしい、と横に広い口に笑みを浮かべながら、花京院は粘液を零す鈴口を軽く爪で引っ掻いた。
その痛みさえも、今のおれにとっては甘美な蜜だった。
「いいよ…いれてあげる」
子供をあやすように、おれの髪をくしゃくしゃと撫でながら、花京院が体を起こす。
ゆっくりと一枚ずつ衣服を取り払い、彼はおれに見せつけるように淫らなストリップを演じて見せる。
ガチガチに張り詰めてグロテスクに血管を浮かせたおれの性器に手を添え、花京院は小気味よく引き締まった尻に、ペニスの先端をあてがった。
「君のが入っていくの、見てて…」
くに、と少しの抵抗の後に、花京院の熱くみちりとした粘膜がおれを飲み込んで行く。
おれの形にピタリと馴染み、奥へ奥へと誘う肉襞は、いやらしく蠢いている。
皮膚が粟立つような、全身の毛が逆立つような喜悦におれは唸った。
「う、ぐ…か、きょういん、かきょういんっ、は、きもちいい…っ」
「あ、は、はあっ…ほんとかいっ、あ、あふ、うれしい…」
ゆらゆらと腰をゆらめかせ、花京院はおれの腹に手をついて、気持ちよさそうに体をくねらせている。
乱れて波打つシーツの海で、泳ぐ彼は魚のようだ。
下腹からびりびりと痺れるような甘い電流が流れ、体中の血液がぐるぐると逆巻いている。
馬鹿になった脳は麻薬物質を垂れ流し、快楽にどっぷり浸かったおれの体は、全身を這いまわるハイエロファントの微細な感触も全て愉悦に変換してしまう。
頭から爪先まで、どこもかしこも熱を孕んで熟れ、部屋の空気さえもが毒のようにねっとりと重い。
堪らず腰を振りたくろうとすれば、ハイエロファントの締め付けがきつくなる。
「あ、あぁ、んっ…だあめ」
動かないで、と熱っぽく囁く花京院の声に、脳の神経回路がごっそり焼き切れるような錯覚に陥る。
ぎちぎちと体に食い込むスタンドの痛みも、快楽を引き立てるスパイスにしかならない。
もっと動いてくれ、と切れ切れに懇願すれば、花京院はぐちゃぐちゃと淫らな音を立てて奔馬のように体を跳ねさせた。
「あ、あ、ああっ、すごい、君の、いつもよりおっきい…っ、ひ、あ、ああっ」
きもちいいよ、おかしくなる、と必死に訴える花京院の赤い髪が、律動の激しさを証明するように揺らめいている。
焔にも似たその燃えるような緋色が、網膜に焼き付いて離れない。
飛び散る汗と、匂い立つ彼の香りに頭がくらくらする。
おれの上で快楽を貪る恋人は、麻薬のような中毒性でもっておれを狂わせる。
彼は花だ。芳しい香りで毒を隠す、魅力的で美しい花。
その体の奥に秘める蜜の味を知ってしまったおれはもう、彼なしでは生きられない。
「かきょういん、も、きもちよくて、でちまうっ」
びくびくと腹筋をひきつらせてそう訴えるおれは、きっと情けない顔をしているんだろう。
だがそんなおれを見て、花京院はにこりと淫蕩に微笑んだ。
「いいよっ、だして、ぼくの、なかに…っ」
ああ、ああ、と切なげに啼く花京院の後孔が、淫らにうねり、おれのペニスを絞りあげる。
途方もない恍惚の瞬間が訪れ、目の前が白くスパークする。
恐ろしい力を持った愉悦の波が襲い、おれの体が光の粒子に絡め取られる。
大きく体を震わせ、花京院の中に欲望を放ちながら、おれは自分の胸に温かい白濁が飛び散るのを感じた。
甘く、痺れるような心地よい疲労が、全身を襲う。
先ほどまで長く強烈な絶頂に体を震わせていた花京院が、甘えるように体を摺り寄せてきた。
その温かく、確かな重みを持った体が愛しく、乱れた髪を撫でつけてやると彼がうっとりと目を閉じる。
「…気持ちよかったかい」
ぼくはすごくよかった、と少し舌ったらずに伝えてくる花京院に、おれもすごくよかった、とキスをしてやると、彼は子供のように得意げに笑った。
おしまい