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注意!

俳優パロで、3部は映画の世界ということになっています。

役名と俳優の名前はご都合主義で一緒です。

3部死亡組が、冒頭でどっこい生きてたというような劇中劇がありますので、苦手な方は閲覧をお控えいただけますようよろしくお願いいたします。

 

 

 

-1-

 

黒と白の重苦しい垂れ幕に包まれて、ジョセフ・ジョースターは居心地の悪さを感じていた。

噎せ返るような花の香りと、線香の煙が充満した部屋の中央に、中学の頃の写真だろうか、旅で見慣れた彼より、少し幼い顔立ちをした花京院の写真が掛けられている。

親族の啜り泣きに混じって、そこかしこでひそひそと参列者たちが何事か囁いており、日本語に堪能でないジョセフにも、その内容が花京院家に対して好意的でないことだけはわかった。

 

「承太郎の奴、結局来なかったな」

 

真黒なスーツに身を包んだポルナレフが、隣でぽつりと漏らした。

 

「……あれで、気の弱いところもあるからのう」

 

そう言ってジョセフは、給水塔に叩きつけられた花京院をじっと見つめていた孫の瞳を思い出していた。

光を失い、ぽっかりと空いた空洞のような、見るものをぞっとさせる虚ろな目。

これから先、承太郎の悲しみを埋めてくれる人間は現れるのだろうか。

 

「家で酒でも、かっくらってんのかな」

 

寂しげな笑いを浮かべるポルナレフも、アヴドゥルとイギーの死を目の当たりにしたのだ。

膝の上で強く握りしめた彼の手が、小刻みに震えているのをジョセフは見て見ぬ振りをし、重い溜息をついた。

 

その瞬間、ぱっと電気が消え、周囲が暗闇に包まれる。

 

「おいおい、何だ?停電か?」

「いや、わからん。とりあえず動くなポルナレフ」

 

そこかしこで悲鳴が上がり、混乱する会場に

 

「おれはここに居るぜ」

 

と低い、聞き慣れた声が響き渡る。

急に重々しく鎮座した棺に、眩いスポットライトがあたり、勢いよく蓋が開いたかと思うと中から学生服を着た承太郎が出てくる。

 

「主役は、この空条承太郎だ」

 

「承太郎!」

 

驚いたジョセフとポルナレフがそう叫ぶと、祭壇の袖から死んだはずの花京院、アヴドゥル、イギーが承太郎に走り寄る。

 

「やっぱり、承太郎はそうでなくっちゃあ」

 

はにかむように微笑む花京院が、承太郎と固く手を握ると、

 

「はい、カーット!クランクアーップ!」

 

と、監督の大きな声が撮影の終了を告げた。

一瞬のうちにスタッフの緊張が解け、パチパチと拍手がわき起こる。

 

「いやー承太郎君、よかったよ!お疲れ様!いい映画ができそうだ」

 

ぽんぽんと監督に労をねぎらわれ、先ほどまで役になりきっていた承太郎は、ふっと表情を和らげた。

 

「いえ、共演者の方々や、スタッフの皆さんの協力があってこそです」

 

そう言って承太郎が、傍の花京院をちらりと見つめたのを、ジョセフは見逃さなかった。

 

「承太郎、お前も一人前に殊勝な言葉が言えるようになったんじゃのう…わしは嬉しいよ」

 

からかうようにそうジョセフが承太郎を褒めると、彼の孫は露骨に顔をしかめる。

 

「うるせージジイ、てめーセリフ三回も間違えやがって…とっとと引退しな」

 

しっしっ、と追い払うような真似をする承太郎を、花京院がまあまあ、と宥めた。

 

「これから出演者全員で打ち上げがあるそうですから、仲良くやりましょうよ」

 

ね、と花京院が笑顔を作ると、承太郎は帽子の鍔を引き下げて顔を隠してしまう。

我が孫ながら、奥手じゃのう、とジョセフはニヤニヤ笑いながら、打ち上げの席では承太郎を花京院の隣にしてやろうと思うのだった。

 

 

 

空条承太郎は、往年の名優ジョセフ・ジョースターを祖父に、ジャズミュージシャンの空条貞夫を父に持ち、幼少の頃から様々な芸能に触れて育った血統書付のサラブレッドだった。

しかしその恵まれた容姿と体格、家柄が影響して、彼は常に畏怖と好奇の対象であり、本人はそれを嫌って芸能界に入ることを忌避し、ついこの前まで海洋学者を志していた。

 

承太郎がその考えを改めたのは、今をときめく漫画家、岸辺露伴原作の映画の主演を頼まれたことと、その映画に花京院典明が出るという話を聞いたからであった。

 

花京院典明は、ごく普通の家庭に生まれた、100年に1人の逸材と言われる天才的な俳優だった。

子役時代から大人顔負けの演技力と、それをひけらかさない控えめな姿勢を認められ、この業界でのし上がってきた花京院典明が、最初に主役を演じた「のり君と見えない友だち」というホームドラマの大ファンだった承太郎は、ギャラも聞かずに二つ返事で映画への出演を了承していた。

 

本物の花京院典明に会えるのなら、そして彼と同じフレームに入れるのなら、承太郎はその一瞬のために、全てを投げ出しても構わないとさえ思っていた。

 

 

 

はたして、「スターダストクルセイダース撮影終了記念会」で承太郎は、望み通り花京院典明の隣に座ることに成功した。

しかし、一つ問題があったのだ。

 

「ンッン~~♪実に!スガスガしい気分だッ!歌でもひとつ歌いたいようなイイ気分だ~~おい、花京院、楽しんでいるか?」

 

花京院の隣、承太郎と反対側の席には敵役のDIOが座っていた。

世界を代表する名俳優のDIOに絡まれて、花京院は困ったような曖昧な微笑を浮かべ、酒を注いでいる。

 

おいおい、普通敵役は敵役同士でテーブルつくらねえのか?こっちに来るな、と承太郎はイライラしながらノンアルコールのカクテルをあおった。

本当だったら酒でも飲みたいところだが、クランクアップ後の慰労会で、主役の承太郎が未成年飲酒などマスコミの恰好の餌食になるだろう。

自分一人の身勝手さから、この映画を公開前から台無しにするなど、承太郎に出来るはずもなかった。

 

「おい、花京院…無理するんじゃあねえ、ハリウッド俳優だか何だか知らねえが、お前が機嫌とる必要なんかねえ」

 

こそこそと花京院の耳に囁けば、彼の広く薄い唇が弧を描く。

 

「…ありがとう承太郎。でも主役の君のためにも、ぼくは出演者みんなにいい気持ちで仕事をしてほしいんだ。ほら、続編決定!とか言ってまた集まるかもしれないだろ。その時にまたいい映画を撮るためなら、ぼくはこのくらい何でもないよ」

 

ふふ、と笑う花京院は、同い年とは思えないほど大人びていて、承太郎は自分の幼稚さを恥じて、帽子をぐいと引き下げた。

その様子を見た花京院が、でも、と言葉を続ける。

 

「…もし君が、ぼくをいい気持ちにしたいと思ってくれているなら、今度オフのときに一緒に遊びに行かないか?ぼく、同年代の友達と、カラオケに行ったりゲームセンターに行ったり、喫茶店でだべってみたりしたいんだ」

 

一瞬、年相応の幼い顔を見せた花京院に、承太郎はきゅうと胸を締めつけられるような気がしながら、二人はこっそりとテーブルの下で指切りをしたのだった。

 

 

 

-2-

 

空条承太郎はその日、忙しなく人々が行き交う駅の一角で、花京院を待っていた。

この前聞いた花京院のささやかな望みを叶えるため、二人は今日、普通の少年のように遊ぶことになっていたのだ。

 

承太郎は人目を避けようと、色の薄いサングラスに、大きめのマスクをつけ、トレードマークの帽子もかぶっていなかったが、どこにいてもその長身のため、彼は目立つ。

通りすぎる人々が興味深そうに彼を振り返り、その中でも自分に自信があるのだろう、見目の美しい若い女性が何人か、承太郎に声をかけてきた。

 

しかし、承太郎が全く関心をしめさず無視を決め込み――あるいはそれでもめげずに話しかけてきた女性を、レンズごしに睨み付けると彼女達は残念そうにその場を後にした。

 

せっかく憧れの花京院と出掛けるというのに、花京院と会う前から全く知らない女性に誘われ、彼はイライラしていた。

タバコの一本でも吸いたいところだが、あいにく駅構内は禁煙だし、公開されたばかりの映画の主役が、未成年喫煙などとスクープされては大変なことになる。

承太郎は眉間に皺を寄せ、時折腹立たしげに体を揺すって、話しかけにくい空気を作ることに専念した。

 

すると、目の前で風船を配っていたウサギの着ぐるみが、最後の風船を子供に渡し終えると、おぼつかない足取りでよたよたと彼の方に向かってきた。

何を考えているのかわからない、プリントされただけの大きな瞳をしたウサギは、承太郎の近くに来ると小さな声で彼の名を呼んだ。

 

その少し低いけれども耳に心地よい爽やかな声に、承太郎はまさか、と目を見開く。

着ぐるみのウサギは承太郎の上着の袖を引っ張ると、staff onlyと書かれた扉の中に入るよう彼を促した。

 

 

 

ひとけのない従業員用通路で、承太郎が信じられない気持ちで目の前のウサギを見ると、それがゆっくりと着ぐるみの頭を脱ぐ。

ふわりと緩やかなカールのついた特徴的な赤毛が舞い、中から悪戯っぽい笑みを浮かべた花京院が現れた。

 

「待たせてごめんね。人に見つからないようにと思ってさ」

 

少し汗ばんだ彼の体から、体臭なのだろうか、花のような甘い香りがする。

 

「いや…大して待ってない」

 

驚きを隠してなんとかそう言えば、何回もナンパされて怒ってたくせに、と花京院が笑う。

 

「…見てたのか」

「ふふ、こんな格好いい君と1日デートできるなんて光栄だな」

 

嬉しそうな花京院のデートという言葉に、承太郎は胸がかき乱される。

こいつはどういうつもりなんだ、初顔合わせの時におれが熱烈なファンだと言ったことを覚えているだろうに、知っていてわざとやっているのか。

 

花京院に翻弄されるのが悔しくて、承太郎は着ぐるみのジッパーを殊更ゆっくりと、ジジと性的な行為を連想させるように音をたてて下ろした。

花京院のうなじに顔を寄せれば、先ほどまでの余裕ぶった態度はどこへやら、花京院は恥ずかしそうにふう、と熱っぽいため息をつく。

 

存外、子供のころから俳優業で忙しかったこの男は、他人からの接触に慣れていないのかもしれない、と承太郎は思った。

 

「…いつもやってんのか、このウサギ」

 

と問えば、花京院は一拍置いて意味を呑みこんでから、うん、と舌ったらずに答えた。

 

「普通の高校生みたいにバイトしたいって思ったんだが、顔を出すとまずいだろ。だから知り合いに頼んで、この仕事を見つけてもらったんだ」

 

モコモコと大ぶりな着ぐるみから、まるで蛹から蝶が美しい体を現わすように、花京院のほっそりとした体が現れる。

暑さ対策のためだろうか、まろやかな太腿や真っ白な腕があらわになった露出の多い服に、承太郎はくらりと眩暈がした。

 

「まだ外は寒いだろ、着ろ」

 

ぶっきらぼうにそう言って、承太郎は自分のコートを花京院に掛けてやる。

長身の花京院さえもすっぽりと覆ってしまう、大きな承太郎のコートに包まれて、花京院は君の匂いがする、とあどけなく呟いた。

 

「ねえ、ぼく自分の出た映画を友達と見るのが夢だったんだ。こっそり見に行こうよ、スターダストクルセイダース」

 

君もまだ見てないだろ、と興奮した様子の花京院にそう言われ、承太郎は本当にデートみてえだな、と考えながらいいぜと答えた。

 

 

 

花京院の希望通り、普通の高校生のように大ぶりなポップコーンとジュースを買って、二人は映画館の後ろの方の目立ちにくい席に座り、自分たちが出演した公開されたばかりの映画を見ていた。

大きなスクリーンで見る花京院は、また格別に美しい。

 

演技も神がかった素晴らしさだな、と承太郎がしげしげ見つめていると、画面が恐ろしげな敵のシーンに切り替わる。

ちっ、もっと花京院を映せよ、と承太郎が思った瞬間、ひっと隣で息を呑む声が聞こえ、肘かけにおかれた承太郎の手に花京院の手が重ねられた。

 

「おい、どうした」

 

とひそひそと囁くと、花京院が震える声でこう言った。

 

「…ぼく、撮影の時は我慢してたけど、ホラーとか実はすごく苦手なんだ。ごめん、手を握っていいかな」

 

困ったように眉を寄せながら、花京院は怯えた様子で承太郎に懇願した。

そのあまりの可愛らしさに、ああ、と自然な風を装って答えた承太郎の声は少し裏返っていたが、スクリーンに広がる恐ろしげな光景に、震える花京院は気づいていないようだった。

男にしては繊細で美しく、やや体温の低い花京院の手に動揺して、そのシーンの内容など承太郎の頭には全く入ってこないのだった。

 

 

 

「あー怖かった」

 

ふう、と息をついた花京院は、しかしすぐに顔を輝かせて喫茶店のメニューとにらめっこを始めた。

先ほどまで悲痛な顔をしていたというのに、万華鏡のようにコロコロと変わる表情に目を奪われながら、承太郎は花京院典明の一日を独占できる喜びをかみしめていた。

 

「ぼく、オムライスとチョコレートパフェ。承太郎は?」

 

おいおい、随分かわいいもん頼むんだな、と思いながらも承太郎は平静を装ってミートソースのスパゲッティーとコーヒーを注文した。

花京院は物珍しそうに店内をきょろきょろ見回し、それから興味深そうに承太郎に話しかけてきた。

 

「ねえ、前も聞いたけどさ、承太郎は本当にぼくに憧れて俳優になったの?」

「そうだぜ」

「それまでは普通の高校生だったのかい?」

「まあな」

「へえ」

花京院は珍しそうに承太郎を見つめ、これがついこの前まで普通の高校生だった男か…と呟いた。

 

「…なあ、花京院はどうして俳優になったんだ?」

 

今度は承太郎がそう尋ねると、花京院の顔が少し暗くなった。

まずい、と思った承太郎は、嫌なら言わなくていい、と付け加えた。

 

「いや、嫌なわけじゃあないんだ。ただ…何て言えばいいのか…少し長くなるけどいいかな」

 

花京院はぽつりぽつりと話し始めた。

 

「実はぼく、花京院家の子供じゃあないんだ。

ぼくの本当の父親はある有名な映画俳優で…母はその俳優の熱心なファンであり、そして愛人だったんだ。

ぼくを妊娠した母は、父にそのことを打ち明けたんだが、当時大きな映画の公開を控えていた彼はスキャンダルを恐れて、とうとう身重の母と入籍することはなかった。

そこでその俳優の付き人だった花京院という名前の男と、母は結婚したんだ。」

 

承太郎は静かに話す花京院から目が離せなかった。

 

「ぼくの母親は、父を見返してやりたい一心で、生まれたばかりのぼくを芸能事務所に入れて…

ぼくは一人で歩き始める前から、もうオムツだとかベビー用品のCMに出ていたらしい。

それから後は君も知っていると思うけど、教育テレビで使ってもらったのをきっかけに、子役としてドラマにでて、映画に出て…というわけでぼくは別になりたくて俳優になったわけじゃあないんだ。

そりゃあ今はこの仕事が楽しいし、産んでくれた母親にも感謝しているけど、たまに普通の少年に戻りたいって思うときもあるのさ」

 

重たい話してごめんね、幻滅したかい、と寂しそうに話す花京院の手を承太郎は思わず上から強く握っていた。

驚いて見開かれた花京院の目が、不安げに揺れている。

 

「すまねえ、辛いこと思い出させちまったな…」

 

すり、と承太郎が手の甲を優しく撫でると花京院の緊張が融けてゆく。

ゆっくりと花京院が首を左右に振り、小さな声で辛くないよ、と呟いた。

 

「ぼくの作品を見て、応援してくれる人がいるから、辛くないよ。

それにぼくの演技を見て、君みたいに俳優になりたいって思ってくれる人がいるなら…

ぼくが生きてきた意味もあると思うんだ、それはとっても嬉しいことなんだよ。承太郎」

 

照れくさそうに笑う花京院に胸を焦がされて、承太郎はこの感情を恋と呼ぶのだと、その時ようやく理解したのだった。

 

 

 

-3-

 

はあ、と承太郎は本日何度目になるのかわからないため息をついた。

 

花京院と映画を観に行ってから、承太郎は毎日彼のことばかり考えるようになっていた。

事あるごとに花京院の緩やかに巻かれた前髪や、切れ長の瞳、横に広い唇やそこから発せられる涼やかな声が思い出され、それらは全て承太郎の心を狂おしく掻き毟る。

 

花京院に会いたい。会ってたわいのない話をして、普通の生活を知らない、まるで王侯貴族のような彼を連れ出して、思いつく限りの楽しいもの、綺麗なものを見せてやりたい。

しかしドラマに映画にバラエティと引っ張りだこで、大事な時期にある彼をどう誘い出せば良いものか、と承太郎はまたため息をついた。

 

「おいおい、どーしたよ承太郎。辛気臭えなあ」

 

財布でも落としたのか?元気出していこーぜ、若いんだからよ、と背中を叩かれて、承太郎は眉間にしわを寄せながら後ろを振り返った。

 

「…ポルナレフ、なんでてめえがここに居るんだ」

「久しぶりだなあ、承太郎。実は隣のスタジオで『今日のフランス語会話』の収録中なんだよーん」

 

お前こそ、時代劇の撮影どうなの?と尋ねてくるポルナレフに、承太郎は渋い顔を作って見せた。

 

「…おれは今、真剣に悩んでいる最中なんだぜ」

 

するとぱっとポルナレフの顔が輝く。

 

「おっ、いいねえ。若者は悩むに限る!お兄さんに相談してみなさい」

 

どんと胸を叩き、ほらほらと促すポルナレフに承太郎は呆れながらも、一人で考え込むよりはマシかと悩みを打ち明けることにした。

 

「実は好きな奴がいるんだけどよ」

「恋愛の悩みか!おれの得意分野だぜ」

「おれ、人を好きになったことって今まで全くなかった上に、いつも向こうから寄ってきてたもんだから勝手がわからねえんだ」

「…羨ましい話だな、なんだか腹たってきた」

「相手は仕事に一生懸命で、才能もあって、忙しいやつでよ」

「ほお」

「…その、おれの気持ちが迷惑なんじゃあねえかって…このまま、何も言わないで友人のままでいる方がいいんじゃあねえかって…考えちまうんだ」

 

ぎゅう、と拳を握りながら承太郎が苦しげにそういえば、ポルナレフは馬鹿だなあと笑った。

 

「恋なんてえものはな、承太郎。いつの世も身勝手なものなのさ。恋は国境も、身分も、時には性別すらも超えちまう。おれたちはいっつも恋の奴隷なのよ」

 

でもな、と彼は続けた。

 

「大事なのはおめーがどうしたいかってことだ。人生は一度きり、後悔しねえようによく考えて、おめーのやりたいようにやればいいのさ」

 

気持ちを伝える権利は誰にでもある、もしフラれたら慰めてやるからよ、と背中を叩くポルナレフに、まだ告白もしてねえのに縁起でもねえこと言うんじゃあねえ、と軽口を返しながら、承太郎はこの楽天的な友人に随分と救われ、心の中で感謝したのだった。

 

承太郎が花京院と再会できたのは、それからしばらく経ってからのことだった。

花京院が主演する学園ドラマに、一話だけ承太郎が出ることになったのだ。

 

「花京院」

 

ベージュのやわらかそうなニットに、若草色のブレザーを着た花京院は、セットの壁にもたれかかってまどろんでいた。

 

「あっ承太郎」

 

呼びかけられてぱっと花京院が顔を上げる。

彼は乱れた髪を手早く直すと、恥ずかしそうに笑った。

 

「すまない、ちょっと油断していて…」

「別に構わねえ…疲れてんのか」

 

隈できてるぜ、と承太郎が花京院の目の下を労わるように優しく撫でると、花京院はびくりと体を震わせた。

その頬が林檎のように赤い。

 

「あっ…そ、うなんだ、最近、あんまり寝る時間がなくて…この前買ったゲームも、積んだまま手をつけていないんだ」

「…お前は、何のゲームをするんだ?」

 

撮影による疲れのせいか、少し青白い顔の花京院を気に掛けながら、承太郎が尋ねると花京院は心底楽しそうに話しだした。

 

「野球のゲームでね、自分が監督になってチームを優勝させるのさ。ぼくは巨人ファンだから、もちろんいつもプレイするのは巨人なんだけど…承太郎は野球、好きかい?」

「まあ、年に何回か試合を見に行ったりする程度には好きだぜ」

「本当かい?…いいなあ、ぼく、まだ球場で試合を見たことがないんだ」

 

うらやましい、と寂しそうに呟く花京院に胸を締め付けられて、承太郎はこう口走っていた。

 

「おれが連れていってやる」

 

ぎゅうと花京院の手を握り、宝石のような瞳を見つめれば、花京院の菫色の瞳が大きく見開かれた。

 

「野球だけじゃあねえ、何だってお前の見たいものに、その、おれが…連れてってやるぜ…」

 

言いながら、承太郎はこれじゃあまるで口説いているみたいじゃあねえか、と思い始めていた。

一旦そう思ってしまうと、かっと頬が熱くなり、心臓が早鐘を打つ。

段々と言葉はしどろもどろになって意味をなさず、承太郎は握りしめた手から自分の鼓動が伝わってしまうのではないかと心配になった。

帽子を引き下げようと思って、今日は撮影のために被っていないことに気づき、承太郎は照れくささのあまり俯いた。

 

「…ありがとう」

 

ゆっくりと、しかし確かに紡がれた言葉に承太郎はおそるおそる顔をあげた。

するとどうしたことか、見上げた花京院の瞳には涙の膜が張っている。

 

「…こういうとき、何て言ったらいいのかわからないけど…嬉しい、ありがとう。

ぼく、今までそんなこと言ってくれる人なんていなくて…

いつも、もっといっぱい仕事をして、母さんや、みんなの期待に応えなくちゃあならないと、思ってて…

ごめ、ごめん…承太郎…ひっ…な、泣いたらいけないのに…」

 

メイクが落ちてしまう、とこんなときにまで撮影のことを気にしながら、花京院の瞳から大粒の涙が零れる。

突然泣き出してしまった花京院におろおろと戸惑いながら、承太郎は震える体を抱きしめて、大丈夫だと何度も繰り返した。

 

いつもはぴんと伸ばしている背筋を今は小さく丸めて、花京院は声を殺して泣く。

ぽたぽたと自分の手に落ちてくる滴は、どこまでも透明で透き通っていて、泣いている花京院を見るのは胸が痛んで苦しいのに、承太郎はその涙を純粋にきれいだ、と思った。

 

「落ち着いたか?」

 

少し具合が悪くなったみたいだ、と花京院のマネージャーに告げて控室に彼を連れていけば、花京院は少しずつ平静を取り戻してきたようだった。

 

「うん…みっともないところを見せて、すまない」

「別に気にすることはねえ」

 

赤く腫れた瞼を濡れタオルで冷やしてやり、承太郎は何でもない風を装いながら内心ではものすごく緊張していた。

 

「その、なんだ、おれは…」

 

言え、空条承太郎。ここならおれと花京院以外誰もいねえし、邪魔も入らねえ。

ここで一言、びしっと好きと言えば解決じゃあねえか。

 

「お、おれは、おまえの……友達、じゃあねえか…」

 

違う、違うだろ。

そこはおまえのことが好きだから、もっとおれを頼れよ、とかそういうセリフを言うところだろう。

ああ、馬鹿だ。おれは馬鹿だ。最低だ。

 

しかし、承太郎の言葉に花京院が心から嬉しそうな顔をして、うん、と答えたものだから、承太郎はまあ、友達から始めるのも悪くはねえか、と思ってしまうのだった。

 

 

 

-4-

 

「よお!」

 

と以前と同じ撮影所で、再び陽気な銀髪のフランス人に声をかけられ、承太郎は手だけを軽く挙げてそれに答えた。

 

「おいおいなんだよ、つれねえな~さては意中のカワイコちゃんと上手く行ってねえな」

 

ニヤニヤと笑うポルナレフにそう言われて、承太郎はうっと言葉を詰まらせる。

 

「えっ、まじかよ…嘘だろ承太郎」

「…そんなことはねえ、上手く行ってる」

 

なんとかそう答えた承太郎は、しかしだらだらと汗を滴らせていた。

 

「本当かよ~??」

「………に、なった」

「え?わりぃ、もう一回言ってくれよ」

「……ともだちに、なった」

「…はあ?」

 

たっぷり間をとってから、ポルナレフはもう一度聞き返した。

 

「ちょっと待てよ、今…なんか…ともだち、とか聞こえたんだが」

 

え?と尋ねてくるポルナレフの顔を見られず、承太郎はその大きな手で自身の顔を隠した。

 

「…え、まじで?嘘だろ…お前、オラオラ系かと思ってたけど、意外と草食系なの?」

 

その図体で?と心底憐れむようなポルナレフに返す言葉もなく、承太郎は大きな体を丸めて呻く。

 

「…おれだって、告白しようとはしたんだ…したんだが…」

「…できなかったんだな?」

「…………はい」

 

がくりとうなだれた承太郎を見て、ポルナレフはため息をついた。

 

「もっと自信を持てよ、承太郎。おめえ、おれの次くらいにいい男だぜ」

「……」

「あんまりもたもたしてっと、誰かにとられちまうぞ」

 

ぽつりと呟かれたその言葉に、承太郎はがばと身を起こした。

 

「おい、恐ろしいこと言うんじゃあねえ」

「そんなこと言われたってなあ…」

 

おめーが気にいるような相手なら、他のやつにもモテモテなんじゃあねえの?というポルナレフの言葉に承太郎は、さあと全身の血が引く思いがした。

たしかに花京院くらい美しく、聡明な男ならライバルが大勢いてもおかしくはない。

 

「…わかった。覚悟決めたぜ。次こそ、二人きりになったらおれは言う」

「おお、その意気だぜ!承太郎」

 

頑張れよ、とポルナレフに背を叩かれて、承太郎はそう決心したのだった。

 

花京院との再会は意外にもすぐに訪れた。

あるクイズ番組で、承太郎と花京院がタッグを組んで解答することになったのだ。

 

「チームクルセイダースだって、恰好いいね」

 

と楽しそうに笑う花京院を、承太郎は今すぐにでも抱きしめたいという欲望を抑え込んで、ああと答えた。

 

「承太郎はクイズ得意かい?」

「…ジャンルによるな」

「へえ、詳しく教えてくれよ」

「相撲と海の生き物と音楽関係は自信があるが、あとは正直わからねえ」

「なるほど…相撲の問題とか出るといいな」

「…おめーはどうなんだ」

「ぼくは野球、芸能、雑学…あとはアニメ関係が得意です」

 

得意分野が違うから、意外と高得点出せるんじゃあないかな?という花京院に、承太郎はこれだ、と思った。

 

「…花京院」

「ん?なんだい」

 

無邪気に聞き返す花京院の手を両手で包むように握り締め、承太郎は言った。

 

「もし、おれたちが優勝したら…おれはお前に言いたいことがある」

 

聞いてくれるか、と花京院のアメジストのような目をじっと見つめると、花京院はほんのりと頬を赤らめた。

 

「いいけど…一体なんなんだい?気になってクイズに集中できなくなりそうだ」

「わりぃ…終わったら、ちゃんと言うから…待っていて欲しい」

 

大事な話なんだ、と絞り出すように言えば、花京院は承太郎の真剣な空気を感じ取ったのか、一転してまじめな顔になった。

 

「…わかった、聞くよ」

 

花京院のその言葉に、承太郎はほっとして表情を緩めると、ありがとなと呟いた。

 

「でも、まずはクイズに勝つことを考えないと。ぼくらの映画のDVD発売の宣伝も兼ねているんだからな」

「わかってるぜ」

 

絶対負けねえ、と撮影で身に着けていた学帽を引き下げれば、花京院は頼りにしてるよ、と薄く広い唇に笑みを浮かべた。

 

(やれやれだぜ…)

二人で挑んだクイズ番組は熾烈を極め、承太郎と花京院はトップと僅かな差で二位につけていた。

承太郎はちらりと点数の書かれたボードを見つめ、次の最終問題に正解すればトップを抜いて逆転優勝となることを理解した。

できることなら最後でビシッと決めてえもんだ、と思いながら早押しに用いるボタンの上に大きな手を添えると、上から花京院のほっそりとした手が重ねられる。

その手がひどく冷たいことに驚いて傍らの花京院を見やると、彼は強張った顔に無理矢理笑みを作った。

 

「…次に正解すれば、ぼくらの勝ちだ。頑張ろう、承太郎」

 

と小さく呟く花京院の声が、緊張のために震えていることは明らかで、それでも自分を励まそうとする彼の健気さに胸を締め付けられて、承太郎はああ、と頷いた。

これは自分のためにも、彼のためにも絶対に正解しなければならない、と承太郎が身構えると、司会者が高らかに問題を読み始める。

するとぱっと目の前の画面に6種類の魚の写真が並べられ、承太郎の鼓動が跳ねた。

 

「以下の魚の名前を述べ、更に泳ぐ速度が速い順に並べろ」

 

来た、と承太郎は思った。

迷わずボタンを押し、その最終問題を承太郎が完答したことで、チームクルセイダースは逆転優勝を果たしたのだった。

 

「すごい、すごいよ承太郎」

 

撮影が終わっても、花京院は頬をりんごのように紅潮させ、興奮冷めやらぬ様子で承太郎を褒めた。

 

「君ってすごく恰好いいし、演技もうまくて、しかも頭もいいなんて…」

 

本当に漫画のヒーローみたいだ、と呟く花京院の姿に、承太郎は堪らずがばと抱きついた。

 

「わっ…なんだい、君も興奮しているのかい?」

 

大きな犬に覆いかぶさられた時のように、花京院はよしよしと承太郎の背中を撫でる。

 

「…花京院」

「うん」

「…勝ったぜ」

「…うん」

 

承太郎は花京院の肩にぐり、と額を擦りつけた。

 

「でもお前が前半の雑学ステージで、岸部露伴のデビュー作を答えたから勝てたようなもんだ…」

「…そんなことないよ」

「いや、そうだ…お前以外誰も知らなかったじゃあねえか」

「まあ、ちょっとあの問題はマニアックだよね…」

 

ふふ、と花京院は笑ってこう言った。

 

「この勝利は、ぼくと君、二人で掴んだってことでいいじゃあないか…だって、ぼくたち、友達だろ」

 

その言葉にぴくり、と承太郎は肩を震わせ、そして花京院の肩から顔をあげた。

 

「…実は、そのことなんだがな」

 

と切り出すと、途端に花京院の顔が悲痛なものに変わる。

 

「あ、ごめん…もしかして、大事な話って…」

 

そしてみるみるうちに花京院の瞳に涙が浮かんだ。

 

「おい、ちょっと待て…お前は勘違いをしている。友達をやめるとか、そういうことじゃあねえ」

「…う、うそだ。ぼくのこと、嫌いになったんだろう」

「違う」

 

違うんだ、と承太郎は彼の目を見つめた。

 

「…好きなんだ。お前のことが、ずっと、好きだったんだ」

 

そう言って、承太郎は耐えられずに顔をそらした。

言った、言っちまった。もうこれで、花京院には気持ち悪いと縁を切られるかもしれねえ。

ドクドク、と痛いほど心臓が鳴っていた。手にはじっとりと汗が浮かんでいた。

 

「すまねえ、気持ち悪かったらそう言ってくれ…覚悟はしてんだ」

 

震える声で告げても、返事はない。

終わった、と承太郎がため息をついて顔を上げると、耳まで茹でた蛸のように真っ赤にした花京院が口を覆って震えていた。

 

「どうした、具合が悪いのか。吐きそうなのか」

 

おろおろと承太郎が問うと、花京院は弱弱しく首を振った。

 

「ち、ちがう。信じられない…きみが、ぼくを好きだなんて…これは、都合のいい夢なんじゃあないかって…思って…」

 

お願いだ、頬をつねってくれないかと花京院に乞われて、承太郎は花京院のやわらかい頬を遠慮がちに摘まんだ。

 

「…あんまり痛くないぞ。もっと強くひっぱってくれ」

「いや、これ以上はおれには無理だ。可哀そうでできねえ」

「じゃあぼくがつねる」

 

花京院は勢いよく頬を引っ張り、そして痛いと叫んだ。

 

「……現実か」

「そうだぜ」

「…ほんとうなんだな」

「…ああ」

 

花京院はまじまじと承太郎を見つめ、それからぼくも、と照れくさそうに呟いた。

 

おしまい

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