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「時折、ぼくをこんな体にした君を恨むこともあるよ」

 

と、退屈そうに文庫本をめくりながら、花京院は言った。

 

「日光の下には出られないし、どこに行くにも監視がつくし、八重歯のせいでチェリーも食べ辛くなったしね」

 

つまらないよ、吸血鬼なんて、と花京院は血のように赤い目をギラギラ光らせた。

 

「仕方がないだろう、それしかお前を助ける方法がなかったのだから」

 

いつもの彼の文句に、これまたいつもの決まり文句を返せば、花京院は不満そうに鼻を鳴らした。

無理もない、これはおれのエゴだ。

無理矢理付き合わされる花京院は、堪ったものではないだろう。

 

 

 

あの50日に及ぶ旅の終わりに、花京院はDIOの手によって殺された。

いや、厳密に言うと殺されかけた。おれがDIOを倒した後、SPW財団のヘリから担ぎ下ろされる花京院に会ったとき、彼はひどい出血のせいで既に意識はなく、虫の息だった。

じじいの時のように、輸血できる血液が側にあれば良かったのだが、生憎とすぐに用意もできない。

あるのはDIOの死体だけだ。

 

死体。

ヒューともゼーともつかない、不規則で震えるような呼吸をする花京院の横で、おれはふと考えた。

ここにあるのは、不死身の吸血鬼の死体だ。

さっき、じじいもふざけていたが、望めば新たな眷属を増やすことのできる、吸血鬼の死体。

 

考え出すと、心臓が弾けてしまいそうなほど早鐘をうち、耳の奥で轟音がした。

ごくり、と息を飲むといつの間にか周囲の景色が止まっている。

おれの傍らには、感情の読み取れない顔をした、スタープラチナが立っていた。

 

「花京院…」

 

おれは震える指先でDIOの心臓を取り出すと、そこに微かに残っていた吸血鬼の血を絞り出し、花京院の口に含ませた。

 

 

 

 

 

はあ、とおれの下で熱い息を吐く花京院を見つめるとき、おれはいつもこの選択が間違っていなかったのだと実感する。

汗水くの筋肉を弾ませる彼は、おれが突き上げるたびに鼻にかかった声を漏らした。

 

「んっ、ふっ、う、うんっ…」

 

ぱちゅぱちゅ、とおれの下腹が彼の柔らかな尻にぶつかる音が部屋に響き、空気がねっとりと甘い重さを孕む。

おれにのし掛かられ、腹這いに突っ伏した花京院は、ベッドの端を必死に握って律動に耐えている。

 

「オラ、もっと声、聞かせろよ…」

 

なあ、と花京院の肩を甘噛みすると、彼はぶるりと体を震わせて、カメラとマイク、と小さく呟いた。

 

「これっ、監視室で、見られてるんだぞ…」

 

いやだ、と絞り出す花京院の細い腰を掴み、激しく抽送を繰り返す。

彼の残った理性を砕いてやるために。

 

「あ、ああっ、ばか、やめっ…」

 

ひっと息を詰め、花京院は背骨を浮き上がらせて美しい弧を描く。

空いた隙間に手を滑らせ、ぷくりと腫れ上がった乳首を摘まんでやると、面白いように彼の一房長い前髪が揺れた。

花京院の内壁の淫らなうねりに煽られ、おれはバタバタと暴れる長い足を体で押さえ込み、彼の弱いところを執拗に擦る。

 

そうやって快楽を呼び起こせば、花京院はもどかしげに体をくねらせ、瞳を潤ませる。

ああ、と嗚咽を漏らす彼がぞっとするほど艶やかで、おれは思わず唇を寄せた。

 

「ん、むっ…ふ、ふあ、はっ」

 

あれほど嫌がっていた花京院も、諦めたのか、それとも快楽に飲まれたのか、首を曲げておれに応えてくれる。

ちゅくちゅく、と二人の唾液が混じりあい、いやらしい音がたつ。

ぶら下がるチェリーのピアスと同じくらい、真っ赤に染まった彼の耳が可愛くて、愛しくて、食べてしまいたくなる。

 

抗いがたい衝動を、抑え込もうと必死になっていると、花京院が小さく何事かをねだった。

どうした、と荒い息の合間に尋ね返せば、とろりと糖蜜のように溶けた彼の瞳と視線がかち合う。

 

「君の血が、飲みたい」

 

飲ませて、と猫のようにくるると喉を鳴らして彼が懇願する。

その薄いけれども真っ赤に色付いた唇からは、人間のものではない鋭い八重歯が覗いていた。

 

「いいぜ」

 

ぷつん、と牙が唇に小さな穴を穿つと、ぽたりぽたりとおれの顎を血が伝う。

花京院はミルクを飲む子猫のように、よく動く舌で執拗にそれを舐めとり、一滴も無駄にするまいと、最後に唇をつけ音を立てて啜った。

 

「うまいか」

 

腰の動きを緩めることなく問えば、花京院は恍惚と笑んだ。

 

「うん、おいしい」

 

は、と満足げな吐息を零し、彼はゆらゆらと腰を揺らめかせている。

花京院は小気味よく引き締まった尻をおれの下腹に擦り付け、気持ちよさそうに体を震わせた。

 

彼の妖艶な姿にあてられて、おれの理性も音を立てて崩れ落ちていく。

心の奥底に潜んでいる、凶暴な本能を抑えきれず、おれは彼の首筋に牙を立てた。

 

「あっ…」

 

じゅう、と音を立てて吸いつけば、媚薬のような甘露のような、彼の芳しい血液が口の中に溢れかえる。

むわりとした温かな血の匂いが鼻腔に抜け、下腹が重く痺れる。

カラカラに乾いていた喉に、待ち望んでいた花京院の甘い体液が染み渡り、おれの細胞は歓喜に沸き、背骨は喜悦に慄いている。

 

そう、花京院を生き返らせた時、おれもDIOの血を飲んだのだ。

 

「やっ、じょうたろ、吸っちゃやだ、あ、あ、ああっ」

 

彼の首筋に吸い付いたまま、優しく、しかし確実におれは花京院の愉悦のもとを突き、絶頂へと追い詰めていく。

脳が真っ白な光の粒子に包まれて、やけに目の前が冴え冴えと明るい。

五感が研ぎ澄まされ、花京院が小さく漏らす息の一つ、飛び散る汗の一粒ですら、手に取るようにありありと感じる。

強大な快楽が、ついそこまで迫っている気配がして、おれは息を詰めた。

 

ギシギシと悲鳴をあげるベッドを気にも留めず、スプリングを利用して激しく花京院を揺さぶる。

彼に強く握りしめられたシーツは、美しくも複雑な波を形作り、もがく花京院をまるで魚のように見せている。

受容の限度を超えた恍惚のシグナルから、逃げようと身をよじる花京院を許さず、体重をかけて彼を押さえ込むと、おれは低く唸りながらドロドロと煮えたぎった欲望を、全て彼の中へと注いだ。

 

「ひ、ひぃっ、だめ、だめっ、だーー」

 

びゅるる、と熱い奔流が彼の腹に打ち付けられると、泣きじゃくって暴れていた花京院の体が突然びくりと強張り、ガクガクと痙攣する。

ぎゅうう、と未だ長い射精を続けているおれのペニスを花京院の粘膜が締め付け、最後の一滴まで精液を絞り上げていく。

爪先まで麻薬のような悦楽が染み渡り、おれは目を瞑って長い溜息をもらした。

 

 

 

 

ぐったりとベッドに体を横たえた花京院の、首筋に穿たれた二つの穴からじわりと滲む血を舐めあげると、絶頂を迎えたとき特有の、甘い蜜のような味が楽しめる。

おれはセックスのあとの、うまく番えたことへの褒美のように与えられる、この気怠いが甘美な時間が好きだ。

 

「ちょっと、君ばかりずるいぞ」

 

夢中になって花京院の首を吸っていると、ぼくだって喉が渇いた、と彼が文句を言う。

だからおれは自分の左手の薬指の根元を噛み、血を滴らせるとそれを与えてやった。

 

すると花京院は嬉しそうに目を細め、ちゅうとおれの指を咥える。

それが口淫を思い起こさせて、またずくりと下腹に熱が灯る。

 

「エッチの後の君の血は、蜂蜜の味がするよ」

 

レロ、と指に舌を這わせ、花京院は長い睫毛を震わせた。

 

「ね、承太郎、君は後悔してる?」

 

何を、と問えば彼はおれの脚に自分の脚を絡ませてきた。

 

「そりゃあもちろん、ぼくを吸血鬼にしたことと、君もそれに付き合ったことだよ」

 

いいや、とおれはその問いに首を振る。

花京院を生き延びさせるためには、こうするしかなかったのだ。

彼を不死身の存在にすること、そして彼がそれに絶望して自ら死を選ぶことのないように、おれも同じ存在になることが。

 

「全く後悔してねえぜ、おれは世界で一番幸福な男だ」

 

花京院の耳を飾るピアスを指で弄べば、カチリと金属の硬質な音がした。

すると突然花京院がおれの腕を引き、毛布の中へ引きずり込む。

 

「いいや、それは違うよ承太郎」

 

マイクに拾われないようにだろう、世界一幸福な男はぼくさ、と囁くようにそう言って花京院は笑い、花嫁のベールのようにも見える毛布の下で、そっとおれに口付けた。

 

おしまい

 

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