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既に日付を跨いでしまった深夜、キイ、と遠慮がちに寝室のドアを開けると、キングサイズのベッドの片側、いつもおれが使っている左半分に人のふくらみがある。

 

本を読みながら眠ってしまったのか、それともおれがいつ帰ってきてもいいようにということなのか、小さくベッドヘッドの明かりのついた部屋の中を、そうっと足音を忍ばせて進めば、おれの恋人が子供のように体を丸めて眠っている

おれの枕の上に一房長い前髪を流し、おれの毛布にくるまって、すうすうと穏やかな寝息を立てている花京院のその目元が、涙のためにだろう、ほんのりと朱色を帯びている。

 

「…遅くなってすまなかった」

 

やわらかな赤毛を外気で冷えた指先で梳けば、花京院がんん、と呟いて体を捩る。

 

そう、もう昨日のことになってしまうが、数時間前まではおれの誕生日であった。

 

なるべく早く帰る、と約束したにもかかわらず、いつものように雑務に追われ、気づけば今日も終電で帰宅するという体たらくだ。

彼はおれのために、仕事を早く切り上げて待っていてくれたのだろう、電気のついたままのリビングには、手の込んだ料理が二人分ラップに包まれて置かれていた。

 

愛されている、この幸福に恐ろしくなってしまうほど、おれは彼に愛されている。

こみ上げる愛しさに逆らわず、触れあうだけのキスを唇に落とせば、彼の眉がしかめられ、ゆっくりとその瞼が開く。

 

「……じょーたろー?」

 

寝ぼけているのだろう、目を擦りながら花京院が舌ったらずにおれを呼ぶ。

 

「そうだ、今帰ってきた…一緒に夕食を食べられなくてすまん」

 

せっかく用意してくれたのにな、と申し訳なさでいっぱいになりながら彼に再び口づけると、花京院が頬を膨らませた。

 

「本当だよ…早く帰ってくるって言ったのに、承太郎のうそつき。嫌いだ」

 

拗ねたようにそう言って、花京院はもぞもぞと布団の中に隠れてしまう。

 

「…本当にすまなかった。反省している。花京院、どうか許してくれないか」

 

おれにできることなら何でもする、と布団ごと花京院を抱きしめれば、しばらくの無音ののちに、彼が顔だけを隙間から覗かせた。

 

「…じゃあ、今から…ぼくをいっぱい甘やかして」

 

そう呟く花京院の耳までもが恥ずかしそうに真っ赤に染まっているのに、おれは胸を締め付けられながら、ああと掠れた声で返事をした。

 

 

 

「んっ…ふ、ん、んん…」

 

ぴちゃぴちゃと卑猥な音を立てながら、花京院のペニスを舌で愛撫してやれば、彼は首まで真っ赤に染めあげて甘やかな声をあげた。

 

普段は恥ずかしいのか、なかなか口淫を許さない彼であったが、今日はおれが約束を破った詫びに、と彼の性器を口で含もうとすれば、花京院は仕方がないなあ、と言いながらも期待に満ちた瞳でおれを見つめていた。

おれの誕生日、というささやかな非日常に、どうやらおれも彼も酔ってしまっているらしい。

 

裏筋をねっとりと舐めあげてから、雁首に唇を寄せると、頭上から噛み殺した嬌声が漏れる。

見上げれば花京院は手の甲を口にあてて、必死に快楽と闘っているようだった。

おれはもっと花京院の声が聞きたくて、夢中になって彼の性器を吸った。

 

「ひっ…あ、ああっ…」

 

逃がすまいと掌で押さえつけた花京院の腰が跳ねる。

亀頭を咥え、飴玉を転がすように舐めあげれば彼はいやいやと頭を振った。

 

「じょうたろっ…も、でるから…は、なしてくれっ」

 

おれの顔を引き離そうと、花京院が手でぐいぐいと押してくるのにも構わず、おれは更に根元まで口に咥えこんだ。

彼の細身で、おれよりも小ぶりな美しい形をしたペニスが、すっぽりとおれの口内におさまる。

こんなときばかり、人より大きな体躯に恵まれてよかった、とおれは思う。

 

「だ、めっ…ほんとに、でちゃうっ…あ、ああ、いやだっ、ああっ」

 

ガクン、と花京院の背が後ろにのけぞり、びくびくと彼の体が痙攣する。

無意識にだろう、花京院がおれの髪をぎゅうと掴み、生温かい精液がおれの喉に勢いよく打ちつけられた。

 

「う、うんっ…はあ、はあっ…」

 

大きく肩を喘がせながら、唇から熱っぽい吐息を零す花京院に見せつけるように、こくり、と彼の体液を嚥下する。

青臭く粘ついた液体が、おれの喉に絡みつきながら食道を滑り落ちていく。

 

「う、そだろ、承太郎…君、飲んだのか」

 

涙で潤んだ瞳を向けて、信じられないというように花京院が呟く。

おれは口の端に残った彼の精液を指で掬い取り、ぺろりと舐めあげた。

 

「お前も、いつもおれのを飲み込んでるじゃあねえか…おあいこだぜ」

 

舌先で味わう彼の白濁は、随分と溜め込んでいたのか濃厚な味がした。

 

「…すげえ量だな、自分でしてなかったのか?」

 

なあ、と羞恥に震える花京院に問えば、彼は俺の視線から逃げるように真っ赤な顔を手で覆い、悔しそうに呟いた。

 

「…君がいないと、最近一人でしてもイけないんだよっ…」

 

どうしてくれるんだ、馬鹿、と力なく罵る花京院の左手を取り、おれはその掌へ、そして薬指の付け根へと口づける。

 

「…すまん。おれに一生かけて、責任取らせてくれ。花京院、愛してる…」

 

今はピアスをしていない、形の良い耳にそう囁けば、花京院が息をのみ、ぎゅっと目を瞑る。

 

「承太郎っ、そういう声出すの、反則だっ…!」

 

彼の好きな桜桃のように、花京院はこれ以上ないほど真っ赤な顔でおれを押しのけようとする。

それを難なく受け止めて、おれは彼の体をやさしくベッドに押し倒す。

 

「返事を」

 

と口にした声は、自分でも驚くくらい情けなく震えていた。

 

「…返事を聞かせてほしい、花京院」

 

じっと彼の瞳を見つめると、花京院はピタリと抵抗をやめておれを見た。

彼のすみれ色の瞳に、真剣な顔をしたおれが映りこんでいた。

 

「…………ぼくも、あ、あい、してる…君のこと…」

 

恥ずかしくて堪らないというような、最後のほうは顔を近づけていても聞き逃してしまいそうな、とても小さな声だったが、花京院の拙い愛の言葉は、確かにおれに伝わった。

しばらく無言で見つめあい、それから二人して初心な少年のように頬を染め、どちらともなくくすりと笑いあう。

 

「承太郎、緊張したのかい?汗びっしょりだよ…」

「した…心臓が口から飛び出るかと思った」

 

ほれ、と花京院の手を取りおれの胸に当てると、彼は一瞬驚いた顔をしてほんとだ、と笑った。

 

「…本当に悪かった。お前のこと、愛してるんだ。だから、嫌いにならないでくれ」

 

そう祈るように呟けば、花京院は子供にするように、愛しげにおれの頭を撫でた。

 

「…さっき嫌いって言ったのは嘘だよ。ちょっぴり寂しくて、意地悪しただけだ」

 

好きだよ承太郎、と花京院はおれの唇を食むようなキスをした。

 

「…だから、そろそろ挿れてくれないか」

 

そう言って花京院は、牡鹿のようにすらりと長い脚を遠慮がちに開いた。

再び勃ちあがった彼の性器の下で、淡い桃色の蕾が物欲しげにひくついている。

その扇情的な光景におれがごくりと唾を飲み込むと、彼の指先からきらきらと輝く緑の触手が伸び、慣れた様子でベッドサイドからジェルとゴム製の避妊具を持ってくる。

 

「いいのか、こんなことにスタンドを使って」

 

とからかうように指摘すると、彼は悪戯っぽく笑った。

 

「いいんだ、ぼくの分身なんだから…ハイエロも早くしてくれって思っているはずさ」

 

三日月の形に目を細め、急かすように彼はおれの首に腕を回し、ふう、と熱い息を吹きかけた。

花京院に煽られて、おれが潤滑剤の蓋を乱暴に開け、何度犯しても処女のように慎ましやかな花京院のそこにジェルをたっぷりと塗りたくれば、ぐちぐちとゼリーの潰れる卑猥な音が、静かな寝室に響き渡る。

 

中にジェルを塗り込もうと指を動かせば、花京院の内腿がぴくりとひきつれた。

段々と綻んでいく後孔にそっと指を入れると、傷跡の残る彼の薄い腹が、さざ波のように戦慄く。

 

「ふっ…ん、ぅん…」

 

ぎゅうとシーツを握って、唇を噛み、目を伏せる花京院の姿は壮絶な色気を孕んでいる。

皺の寄った眉間にちゅ、となだめるようなキスをすれば、余裕なさげに彼がおれにすがりつき、口にも、とキスを強請った。

彼の望むまま口づけを与え、汗の浮かんだしなやかな筋肉を掌で確かめる。

引き締まったその細い腰を撫でさすれば、きゅうと後ろに入れたおれの指が締め付けられた。

 

「じょうたろ…もう、我慢できない…」

 

おれの腹に触れる花京院のペニスは、弓のように反りかえってたらたらと蜜を零している。

彼はおれのからだの下から這いでると、ゴムのパッケージを破り、緊張しているのかおそるおそるといった様子で、そっとおれにコンドームを着けた。

 

「…ありがとな」

 

と彼の赤い耳介に吹き込めば、照れくさそうに花京院が俯く。

その仕草が可愛らしくて、おれは花京院の脚を肩に抱えあげると、はやる気持ちを抑えてゆっくりと彼の中に自身を埋め込んだ。

 

「んっ…ふ、ぅ…」

「っ…はあ…」

 

ぬめる粘膜に自身を包まれ、抗いがたい快楽が背骨をかけあがる。

おれを突きいれられ、必死に力を抜こうと、大きく胸を上下させて呼吸している花京院が愛しい。

すぐにでも思うさま彼を突き上げたいが、一方で優しく甘やかしてやりたいとも思う。

彼の体に、おれを馴染ませるようにゆるやかに腰を使えば、挿入に強張った体がほどけていく。

 

「あ、っう、んん…ひっ、あ、ああっ、くぅ…っ」

 

綺麗に浮き出た腰骨を掴み、彼の弱い場所に当たるように小刻みに揺すってやると、鼻にかかった声が花京院から漏れる。

彼に締めつけられるたびに、おれの体は光の渦に絡め取られ、目の前にチカチカと眩しい火花が散った。

 

「じょ、たろっ…あ、ああ、ああっ…す、きだ、すきっ…ぃあ、あ、きもちいい…」

 

恍惚ととろけた顔で、花京院はおれの下で切なげに喘いでいる。

その切れ長の目尻に溜まった涙を舐めとると、花京院はおれに応えるように腰をくねらせた。

 

「あ、ああっ、はあっ…どこにもっ、行かないで、ん、んあっ…お、ねがいだ…っ」

 

快楽に浮かされ、火のような息を零し、花京院がそう懇願する。

おれが仕事で長期間家を空けても、いつも平気そうな顔をしている花京院のいじらしい本音を聞けた気がして、おれは歓喜に震えた。

 

「ああ、どこにも、行かねえっ…おれには、はあっ…お前だけだ、花京院…」

 

好きだ、愛している、とおれに揺さぶられて大きく口をあけて喘ぐ花京院に、熱で掠れた声で囁きながら、おれは彼の首筋に噛みつくようなキスをした。

あたたかい粘膜がおれを飲み込み、絞りあげていく。

腰から、唇から、そして彼と繋がっている部分から、全身に甘い電流が走り、体が浮き上がる。

 

切なげにしかめられた表情、切れ切れの甘い声、おれを求めるように絡みつく温かな彼の体に、おれはなんだか泣きそうになってしまう。

踊るように体をくねらせ、精を跳ねあげる花京院に包まれて、おれも気の遠くなるような愉悦を感じながら、熱を放った。

 

 

 

「承太郎!ほら起きて」

 

シャッとカーテンが勢いよく開かれ、そこから差し込む朝日が痛いほど眩しい。

心地よい気だるさに包まれた体を渋々起こすと、既に時刻は昼近かった。

くしゃくしゃに乱れたシーツには情事の匂いが色濃く残っているのに、きちりと服を着こんだ花京院から、あの淫らな夜の影は一切消えている。

 

「ゆうべ君が食べなかったぼくの手料理、今度こそ食べてもらうぞ」

 

そう言って楽しそうに笑う花京院の、さらけ出された真っ白な首筋におれの付けた噛み痕を見つけ、おれは幸福に満たされながらああ、と返事をした。

 

おしまい

 

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