「承太郎、承太郎」
頬を上気させ、光沢のある緑色の生地にスパンコールを施したステージ衣装のまま、花京院がかけよってきた。
思わず汗ばむ彼の体を抱きしめると、花京院がいつも身に纏っているさくらんぼの香水が香る。
「ライブ、見ててくれた?どうだった?」
きらきら目を輝かせて訊ねる花京院の頭を撫でながら、最高だったと褒めてやると、花京院は子供のように笑った。
客席の歓声とアンコールをねだる手拍子は大きくなるばかりで、俺は手早く花京院を胸元が大胆に開いた、フリルの多い王子のような衣装に着替えさせる。
その背中を送り出すとき、花京院が他のスタッフには聞こえないような小さな声で
「今日はご褒美にいっぱい可愛がってね」
と耳元でささやいたので、俺は顔を真っ赤にしてやれやれだぜと呟くと、馬鹿のように突っ立ったまま、動くことができなかった。
花京院典明は、この国で知らない者はいないというほどの、今をときめくトップアイドルである。
ビジュアル、歌、ダンス、どれをとっても一級品で、しかしそれを全く鼻にかけない所がファンの心を掴んで離さない。
彼のライブのチケットは、発売すると数分で完売し、彼がCMを担当する商品は店から姿を消す。
そんな花京院のプロデューサーを勤めるのが、この俺、空条承太郎だ。
だが正直に言って、花京院の仕事の調整をするのは、ものすごく難しい。
なぜなら…
「承太郎、承太郎。この握手会の日、僕の楽しみにしてるF-MEGAの発売日なんだけど…」
花京院は目にいっぱい涙を浮かべながら、俺を見つめてくる。
「あと、この写真集の発売イベントの日、岸部露伴先生のサイン会が…」
そう、花京院典明はいわゆるオタクなのである。
しかもその興味の対象は幅広く、深く、一つの作品に夢中になるともう手がつけられない。
彼はまず原作を買い、それが漫画であれば紙がすりきれるのではないかというほど読み込み、セリフも展開も全て暗記する。ゲームなら寝る間を惜しみ、食事することも忘れてやりこみ、あるときなど夢でもゲーム画面が出てきて全然寝た気がしないと言って、ゾンビのようになっていた。
その後一通り満足すると、公式から出ている関連グッズを買い、アニメ化されていればその作品に出ている声優を端役に至るまでチェックし、「すばらしい原作再現率!」だとか、はたまた「これはファンにケンカを売っている」だとか品評し、俺に熱く語ってくる。(そして俺もファンにしようとする。)
そしてその作品が彼の一番のお気に入りになってしまったとき、花京院は国民的アイドルという立場も忘れ、制作発表会、試写会、サイン会、ファン感謝祭、個展等々…イベントのたびに行きたい行きたいと、子供のように泣いて、俺は頭を悩ませるのだ。
俺は、岸部露伴の最新刊を抱えたまま、しゃくりあげる花京院のメイクが崩れないように、そっと涙をぬぐい彼の背中をなでながら、優しく教えてやった。
「お前がそう言うと思って、F-MEGAのレビューを書く仕事をとってきた。だから初回限定版のコレクターズBOXが、発売日に届くはずだ。あと露伴先生は、俺の親戚に知り合いがいるから、今度頼んでサインもらってきてやる」
俺の言葉に、花京院はさっきまでの涙はどこへやら、頬を真っ赤にして興奮気味に尋ねてきた。
「ほんと、ほんと?」
「ああ、本当だ。」
「承太郎、大好き!!!」
花京院は背伸びをして、勢いよく俺の頬にキスをした。
薄いが、やわらかく弾力のある唇が触れ、俺はガキのように興奮した。
(うおおおおおおお!!!!!)
と、このように花京院のプロデュースはとても気を遣う。
ついでに思春期真っただ中、性に興味津々の花京院が、毎日あの手この手で色仕掛けをしてくるので、理性と欲望がせめぎ合う刺激的な日々を送ることができる。
最初はプロデューサーたる自分が、アイドルに手を出すなど公私混同、花京院のファンに顔向けできんと断固として拒否していたが、少年と青年の狭間の危うい色香を纏った彼が、仕事でホテルを利用するたびに俺のベッドに入り込んできては、
「じょうたろ、体が熱いよ…」
だの
「お願い、僕の触って…」
だのと誘惑するので…その、恥ずかしい話ではあるが…俺と花京院はキスをすませ、さわりっこをすませ、フェラ、素股、69…と、もはやしていない行為は本番セックスのみという体たらくである。
本当に、花京院のご両親とファンには殺されても全く文句も言えない。
しかし、いよいよ最近になって、それでも最早我慢できない花京院が、物欲しそうな狂おしげな目で俺を見つめてくるので、本格的にまずい。
若く経験の少ない花京院は、俺がどれほど苦心して自分をセーブし、彼を壊さないように扱っているかわからないのだ。
そうして、花京院ばかりが俺のことを好きだと思って、彼は焦り、俺を煽る。
2時間に及ぶライブの疲れも見せずに、最高のパフォーマンスでアンコールを歌いきる花京院を舞台袖から見つめながら、俺はため息をついた。
ライブ会場を出て、本日宿泊するホテルの部屋に入った瞬間、花京院が切羽詰まった様子で身を寄せてきた。
ステージによる興奮のせいもあるだろうが、彼は17という年齢に見合わぬ凄絶な色気を全身からあふれさせ、俺の耳に熱っぽい吐息を吹きかけた。
「じょうたろ、お願い…ちょっとでいい、先っぽだけでいいから、今日は、僕にいれて…」
おいおい、そういうセリフは普通つっこむ方が、下心全開で言うもんだぜ、などと軽口を叩く余裕もなく、切なげに腰を擦りつけてくる花京院の媚態に、俺の下半身は激しく勃起し、今までなんとか守ってきた理性は完全にブチ切れた。
欲情する彼にあてられて、花京院の唇に噛みつくようにキスをする。
煽っておきながら、小動物のようにびくりと肩をこわばらせる彼に、愛しさと同時に嗜虐心が芽生え、舌で無理矢理歯列を割ると、貪るように彼の口内を味わう。
細身の黒いジーンズと下着を乱暴に脱がせ、くびれた花京院の腰を抱きかかえると、ベッドへもつれながら倒れ込んだ。
俺の首に手をまわして、浅い息をする花京院をこちらに向かせると、そのすみれ色の瞳が幾ばくかの恐怖と、それを凌駕する期待でぎらぎらと輝いている。
「…俺が、どれだけ我慢してたのか知らねえで、散々煽りやがって…覚悟できてんだろうな、花京院」
ふーっふーっと獣のような荒い息をしながら、ズボンごしでも容易に張り詰めていることがわかる俺のペニスを、花京院の裸の尻に擦りつける。
ネクタイをゆるめながら花京院の首筋に浮かぶ汗をべろりと舐めとると、彼は鼻にかかった甘い声を出し、身もだえた。
「ん……っ…あ、…じょ、たろっ…!いい、いいから、お願い…ん、き、てっ、」
快楽に震えて上手く動かない指で、花京院はジッパーをおろし、いきり立つ俺のペニスをひっぱりだす。
つい先ほどまでマイクを握っていた、男にしては繊細な手が、今は熱心に俺のものを扱いている。
その事実は俺をたまらなく興奮させた。
乱暴に花京院のペニスを擦りあげながら、彼とこういう関係になってから常に持ち歩くようにしているローションをポケットから取り出す。
指や玩具による快楽を教え込まれた彼のアナルは、薄桃色に色づきながらも、つつましく閉じている。
俺のとは違い、色の淡い可愛らしいペニスやその下に続く陰嚢もドロドロになるほど、大量に潤滑剤を塗りたくると、俺は彼の蕾にいきなり指を2本突き立てた。
花京院は、始めこそ眉間にしわを寄せて苦しげにしていたが、次第にローションの滑りを借りて、指の動きがスムーズになると、気持ち良さそうに腰をくねらせた。
「んくっ…、ん、ああ、は、ふあっ…」
普段ならば、焦らすように緩慢な動きを続け、花京院の反応を楽しむところだが、今日の俺にそんな芸当はできそうになかった。
ぐぷぐぷと卑猥な音をたてて、うまそうに俺の指を飲み込むそこに、早く自身をつきいれて彼を狂わせたい。
未だ生身の男を知らぬ彼の粘膜は、愛欲に溺れ、指では物足りないと言わんばかりにきつく締め上げてくる。
花京院はすらりとした長い脚を、俺の腰に絡ませて引き寄せると、焦れたように「早く」と囁いた。
彼の燃えるような息が俺の耳にかかり、かっと全身が熱くなる。
「…どうなっても知らんぞ」
焦燥にかられながら呟くと、自分でも驚くほど、獣のような低い声がでた。
花京院は唸るような俺の声にも臆することなく、妖艶に微笑み、
「君だけのものにして…」
と俺に触れるだけの口づけをした。
この国のほとんどの人間が夢中になっている彼が、自分の立場も全てなげうつ覚悟で俺に恋い焦がれている。
その途方もない喜悦に、吹き飛ばされそうになりながら、俺はゆっくりと彼と繋がった。
「うあっ…ああ、じょうたろっ…はいって、る…ん、んん…ふあっ…」
腰を動かすと、ぐちゅぐちゅと結合部から水音がたち、花京院から嬌声がちぎれとぶ。
花京院のまなじりが赤く染まって、その鮮やかさに目眩がした。
熱く濡れた花京院の粘膜は、俺を奥へ奥へと導くようにうごめいている。
その締め付けに思わず小さく呻き、俺は体を震わせた。
「ん、んふっ…じょ、たろ…はっ、はあ…き、もちっ…よ…あっ、ああっ」
シーツの上で、落ちつかなげに揺れる花京院の白い腕が、優美なドレープを形作り目に美しい。
惹かれるように彼の手に指を絡ませると、ぎゅっと握り返される。
花京院のシャツをはだけさせ、尖りきった乳首を口に含む。
「ひっ…や、やあっ…そこ、やだっ…いっちゃう、いっちゃうからぁ…」
俺が揺さぶるたびに、花京院の一房長い前髪が踊り、彼の瞳がとろとろと溶けていく。
過ぎる快感に、涙を流しながら、花京院は震えた。
全身が燃えるように熱く、汗が俺の顎を伝ってぽたりと花京院の体に落ちる。
むっちりと弾力に富む花京院の内部に包まれて、毒のような快楽が重く腰にたまっていた。
「ふっ…俺も、もう…出る…はあっ…」
俺の脳は恍惚の海に浸かって、花京院のことしか考えられない。
目の前にいる彼が、たまらなく愛しく、なぜだが泣き出しそうな気分になる。
「花京院、愛してる…」
無意識のうちに俺はそう呟いていた。
彼の体にぴったりと自分の体を重ね合わせると、花京院のドクドクと脈打つ胸の鼓動が伝わってくる。
ああ、俺は花京院が好きだ、好きで好きで死にそうだ。
言うまいと思っていた感情が次々にわきでて止まらない。
俺は衝動のまま、切なげに蜜を溢す花京院のぺニスを握りこんだ。
ぬるつく先端を擦りあげると、熱っぽく掠れた声で、彼は「僕も」と喘ぐ。
「あっあっあっ…僕、僕も…んっ…ひぁっ…あっ…あ、あいしてる…」
その言葉と同時に、花京院の体がガクガクと痙攣し、白い飛沫が彼の胸を汚した。
渦のようにうねる彼の内壁に締めつけられ、俺も頭が真っ白になるような凄まじい悦楽を感じながら、彼の中に全てを吐きだした。
疲れ果てて、すやすやと寝入っている花京院を、起こさないようにしぼったタオルで全身を拭き、後始末をすませると、俺もそっと彼と同じベッドに体を滑り込ませた。
明日になればまた、花京院は俺だけのものではなくなる。
彼は、彼を慕う大勢のファンのために存在するのだ。
だが今だけ、今夜一晩だけは、どうか俺だけのものでいてほしい。
俺は祈るように花京院を抱き寄せ、そっとその頬に口づけを落とした。
おしまい