
~Kの場合~
一緒に暮らし出してしばらく経つけれど、承太郎と二人きりで出かけることには、いまだに慣れない。
「なあ、夕飯はかに玉がいい」
そう言って、スーパーという人目につく場所であるのに、臆面もなく承太郎はぼくの手をとり、卵のパックが並ぶ場所まで引っ張っていく。
ただでさえ平均より体格のいい男が、寄り添うように並んでいるだけで異様な光景なのに、その二人が手を繋いでいるのだ、目立ってしょうがない。
すぐ横のお菓子売り場にいる、子供特有のやわらかそうな色素の薄い髪を、二つ結びにした女の子がぼくたちの方を見ていて、何事かを母親に囁いている。
ひそひそとした小さな声なのに、ぼくはその高く舌ったらずな声が耳に入ってしまった。
「ママ、あの人たち大人なのにずっと手を繋いでいるわ、仲良しさんなの?」
かああ、と頬が熱くなる。恥ずかしい。どこかに消えてしまいたい。
何より、そんな風に言われても、承太郎の手のぬくもりを心地よい、離さないでいてほしい、と思ってしまっている自分が、甘ったれた子供みたいで嫌だった。
「ねえ、子供がこっち見てるんだよ。早く行こう」
「別にいいじゃあねえか、おれたちは『仲良しさん』なんだから」
くつくつ、と承太郎がいたずらっぽく目を細めてそう言うから、ぼくはびっくりしてしまった。
「君も聞こえてたのなら、早く離せよっ」
ぼくはますます赤面して、彼の手を毟ろうとするけれど、焦ってしまって上手くいかない。承太郎は馬鹿力で、がっしり握り込まれるともうどうしようもなかった。
「味は変わらねえって言うけどよ、おれは赤玉の方が好きなんだよな」
承太郎はぼくのことなどお構いなしに、Lサイズの卵が綺麗に並んだパックを手に取ると、カゴの中にそっと入れ、ぼくの手を掴んだままカートを押して行く。
こうなってしまうと、抵抗した方が逆に目立つ。ぼくは諦めて、顔を見られないように俯いて彼についていくしかない。
悔しくてじろりと彼を睨みつけると、ふんふん、と機嫌よさげに鼻歌を歌う承太郎の横顔が、ずっと欲しかったものを手に入れて喜ぶ子供みたいだから、なんだかぼくも毒気を抜かれてしまう。
「今度来るときは、ぼくも君みたいに帽子をかぶるよ」
そうしたら、手を繋いでもいいよ、と十七センチ高い耳に囁いてやると、承太郎は嬉しそうに笑った。
~Jの場合~
一緒に暮らし始めてしばらく経つが、毎日彼に関する新しい発見があって、花京院との生活は今も色褪せず、キラキラと輝いている。
例えば、彼の寝相は人より少しばかり悪いこと。
朝はパン派で、一緒に飲む紅茶には、砂糖なしでミルクを入れること。でも昼食のあとはコーヒーでブラック。
卵は目玉焼きよりスクランブルエッグ、ハンバーグにはソースよりケチャップ。
肉を焼く時は焦げ目がつくくらいしっかり焼くくせに、ゆで卵は半熟が好き……エトセトラ、エトセトラ。
花京院はいつまでも美しく、魅力的で、おれを惹きつけてやまない。繊細で、神経質で、こだわりの強い花京院。
おれをいつも優しく受け入れてくれる花京院。
好きだ、と言葉にすることは少ないけれど、ふとした折に思う。花京院、好きだ、好きだ、愛してる。
お前ももっとおれを好きになってくれ。キスしたい、きつく抱きしめたい。
湯気の立つココアを、熱いのかちびちび飲みながら、花京院はおれのそんな思いも知らず、新聞を読んでいる。
かさ、と時折彼が新聞をめくる音さえ愛しい。
彼が生きて、存在を持ち、確かにここに居るのだとその音は証明している。
おれの隣に彼がいる幸福に酔いしれ、じいっと花京院を見つめていたら、急に顔を上げた彼と目があった。
「……ぼくの顔に、何かついてる?」
いいや、とおれは答える。
「あんまり綺麗だから、見とれていた」
途端、ぽぽぽ、と花京院の顔が赤く染まる。彼の動揺を表すように、一房長い前髪が面白いように跳ねた。
「君ねえ、自分の魅力を知っていて、わざとやってるんだろう……」
タチが悪いよ、と照れて林檎のように真っ赤になった頬を、隠すように花京院はぷいとそっぽを向いてしまう。
だからおれは彼の名を呼び、そのシャープな顎に手をかけた。
「じょ、」
触れた唇は熱を持って、ふにゃりと柔らかかった。恋人の声帯が震わせた空気が、音になる前にそのまま飲み込む。
好きだ、とキスの合間にそっと囁く。鼻と鼻の触れ合う距離で、他でもない、彼にだけ聞こえるように。
ぼくも、とそれから二時間ほど経って、恋人から発せられた返事は、ずいぶんと熱っぽく、掠れていた。