
承太郎が花京院の墓を掘り起こして、骨を食べる話。
読む人を選ぶ話なので、お気を付けください。
注意
カニバリズム
花京院死んでる
承太郎病んでる
仗助がかわいそう
メリーバッドエンド
花京院が死んだ。
花京院はもう何も話さない。
あのさかしげな瞳がおれを見つめることもない。
薄く、広い唇がおれの名を呼ぶことも二度とない。
彼がおれの冗談にはにかむように笑うことも、拗ねたように唇を尖らすことも、神経質そうに一房長い髪をいじることもない。
はぐれないようにと雑踏の中で手を繋ぐことも、そっと唇を重ねることも、小さな明かりの下で肌を寄せ合うことも、もうできない。
花京院が死んだ。
黒と白の垂れ幕で覆われた世界に、線香の細い煙が漂っている。
次々に届く花々が壁を埋め尽くしていき、祭壇の前に鎮座する棺の上には、旅の頃よりも幼い雰囲気を纏った、花京院の大きな写真が飾られている。
随分とごてごてと着飾った坊主が、呪文のような経を唱えながら時折数珠を手繰り、参列者はおのおのが勝手にすすり泣いたり、ひそひそと何かを話していた。
何もかもが現実味がない。
まるで映画館でポップコーンをつまみながら、スクリーンを見ているような気分だ。
おれは花京院典明という人間は、死なないものだと思っていた。
生まれつきのスタンド使いで、強くて、勇気があって、機転がきいて、どんなピンチも切り抜ける……花京院はそういう男だった。
花京院はおれにとってのヒーローだった。
だから、彼は何があっても、おれの隣で悠然と笑みを浮かべているものだと思っていた。
そんな彼が、今は白い布で覆われた桐の箱の中に横たえられている。
なぜなのだろう。
おれの戸惑いなど全く気にも留めず、彼の葬儀は粛々と執り行われ、花京院は焼かれて煙になり、灰になり、後には物言わぬ白いすべすべした骨だけが残された。
おれには、どうして花京院を燃やしてしまうのか理解できなかった。
なぜなら、棺に入れられた花京院の顔は、眠っているみたいに綺麗だったからだ。
今すぐにでも彼は起き上がり、「やあ承太郎、久しぶり」なんて話出しそうな雰囲気だった。
おれは、葬儀会社のやつに掴みかかって、本当は燃やすなと言いたかった。
だが、錆ついて上手く動かないおれの体は、ギシギシと軋みながら花を手向け、目から燃料をぼたぼた零しながら、棺越しに彼に口づけするのが精いっぱいだった。
人は死んだら、どこに行くのだろうか。
煙突からたなびく、一筋の煙を見つめながらおれは思った。
花京院、おまえの煙は空に消えて、この地球をとりまく大気の一部をなすんだろう。
おまえの流した血潮は海に溶けて、世界を巡るのだろう。
では、おれの手元には何が残るのだろう。
おれの側には何もない。
おまえの髪の一筋も、爪の一枚も、みな残らず燃えてしまった。
おまえはどこにいるのだろう。この地球のどこを探せば、おまえにまた会えるのだろう。
花京院、おまえがおれの心につけた爪痕が、じくじくと膿んで血を流している。
花京院、花京院、花京院。
花京院。
おれは、一つの素晴らしい考えを思いついた。
息が苦しい。
心臓が早鐘を打っている。
血液が全身を恐ろしいスピードで巡り、ごうごうと耳の奥で轟音が鳴っている。
ガサガサ、とおれの二本の脚が草をかき分ける。
あたりで虫が小さく鳴いている。
月と、わずかな星の明かりしかない砂利道を、歩くおれは獣のようだ。
「花京院」
花と線香のむせかえるような香り。
つるりとした表面に、文字を刻み込まれた石の塊。
ああ、おまえはここにいるのだな。
今、そんな狭いところから出してやるからな。
ズズ、と冷たい四角の石を押せば、ぽっかりと空洞が口を開く。
幾つもの白い壷が並んだその空間におれは手を差し入れ、一番手前の、一番新しいものを取り出した。
「ああ……」
花京院だ、とおれは思った。
彼が形を変え、姿を変え、この一抱えほどの壷の中にしまわれている。
すり、と陶器の肌を撫でれば、それは彼の体温を孕んでいる気がした。
「おかえり、花京院」
生ぬるい風が、おれの肌を撫でていく。
時間が止まったような無音の世界。つうと額から流れおちた汗が、ぽたりと顎を伝った。
おれは興奮で震える指先で、その白い壷の蓋を開けた。
中には、崩れた珊瑚のような花京院の欠片。
おれは堪らず、一番大きなものを手に取ると、口の中に含んだ。
ああ、全身を震わせ、おれは泣いた。
奥歯で噛み砕けば、脆いそれはすぐに形骸をなくす。
ほろにがい、砂と涙の味がする。
胸と喉が燃えるように熱い。
ばり、ごり、と生を感じさせない空間に、硬質な音だけが響く。
ごくりと彼を飲み込めば、小石を腹の中に詰め込まれたような感覚。
慟哭しながら、おれは彼を食べ続ける。
構いはしない、どうせ辺りには誰もいない。
ざらざらと、舌先にいつまでも残る彼を無理矢理嚥下する。
ああ、花京院の味だ。
おれの胃液で溶かされ、腸から吸収されて、花京院はおれの血に、肉になる。
おれと花京院は一つになる。
キスより、抱擁より、セックスよりおまえを近く感じる。
これで死ぬまで彼はおれの側にいてくれる。おれと彼は永遠になるのだ。
世界の全てが、おれと花京院を祝福している気がした。
「承太郎さんって、いっつもそのペンダントしてるっスよね~」
若さゆえの好奇心で、瞳をきらきら輝かせながら、年下の叔父がそう聞いてきた。
「それって、もしかしてエンゲージペンダント?スか?」
「ああ」
銀色の鈍い輝きを放つ、小さな箱型の飾り気のないペンダントを愛しげにさすりながら、おれが答えると、仗助はグレートと声を上げた。
「承太郎さんの恋人って、なんか想像つかねーっス。スゲェ美人なんでしょーね〰〰」
会ってみたいっスと人懐こい笑みを向ける仗助に、だからおれは教えてやった。
「恋人なら、ここにいる」
おれの胸元で輝くペンダントを指差せば、え、と仗助は笑みを消した。
「ここに、いるぜ。仗助」
随分と、食っちまったから、ほんの砂粒ほどしか、入っちゃあいねえがな。
そう、笑いかけてやると、仗助の顔がみるみるうちに驚愕に歪む。
おれの隣で、花京院が笑う声が聞こえたような気がした。
おしまい