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むかしむかし、あるところに花京院典明という王子様がおりました。

彼は口が横に大きいのを除けば整った容姿をしておりましたし、非常に聡明で、また人との和を大事にする優しい心の持ち主でしたが、全くと言っていいほど他人に興味を示しませんでした。

周辺諸国の同じような年頃の王族が、次々に生涯の伴侶を得ているというのに、花京院は相手も連れて行かずに、一人で近隣国の婚約パーティーやら結婚式に呑気な顔で参加しています。

 

とうとうお妃様は息子に、どうしてお前は結婚しようとしないのかを尋ねました。

すると彼はじいっと母親の顔を見た後、

「ぼくの後ろにいる緑の友達が見えますか」

などと奇妙なことを言うのです。

 

「いいえ、典明。私には何も見えないわ」

とお妃様が言うと、王子は寂しそうな顔をして、

「ぼくには、ぼく以外には見えない、きらきらした緑色の不思議な友達がいるのです」

と打ち明けました。

しかし、やはりお妃様の目には息子の他には何も見えません。

 

お妃様が、

「お前の行く末が心配です。どうかよい伴侶をもらって、結婚しておくれ」

と頼んでも、

「ぼくは、この友達が見えない人と一緒になるつもりはありません」

王子ははっきりとそう言い放ちます。

そこでようやくお妃様は、自分の息子が仲の良い友人を作らない理由を理解しました。

 

しかし、そこで諦めるようなお妃様ではありませんでした。

お妃様は国の内外に、王子の結婚相手を決めるパーティーを執り行うと、おふれを出しました。

王子は、内心母親の行動力に驚きながら、どうせ自分の友達を見ることのできる人間など、現れないだろうと思いました。

 

お妃様が力を注いだパーティーは、それはそれは盛大なものとなり、遠い山向こうの国などからも大勢の貴族や王族がやってきました。

花京院典明王子は母親の手前、仕方なく曖昧な笑みを浮かべながら、何人もの相手と踊りました。

互いにくるくると回り、体を揺らし、ときに軽快なステップを踏みながら、花京院はこっそりと相手の耳に囁きました。

 

「ぼくの後ろにいる友達が見えますか」

 

すると最初の相手は、花京院の後ろにいた彼の臣下を見て、甲冑姿の素敵な方のことかしら、と言いましたから、花京院は笑って手を離しました。

次の相手は、明後日の方向を見つめ、あなたには金髪の男の幽霊が取り憑いているわ、などと恐ろしいことを言うものですから、花京院は彼女に自分の専属医を紹介してやりました。

3番目の相手は、花京院の飼っている黒と白のまだら模様の犬を指して、ええかわいいわね、と言いました。

 

その次の相手も、そのまた次の相手も、的外れなことばかり言うものですから、花京院はほとほと疲れ果て、こっそりとバルコニーに出て外の空気を吸うことにしました。

するとそこには、花京院よりも頭一つ背の高い、恵まれた体躯をタキシードでつつんだ先客がいました。

花京院は男があんまりにも大きな体をしているので、ちょっぴり怖気付きましたが、黙ってその男の横ですうはあと深呼吸をしておりますと、

「こんな所にいていいのか」

と男が聞きました。

「花京院典明王子…今夜の主役だろう。お前と踊りたくて遠方から来たやつが、ごまんといる」

 

花京院はちょっとムッとしながらも、

「少し夜風に当たりたくて…それにここでもダンスはできる」

と答え、すっと男の手を取りました。

「どうかお名前を教えていただきたい、素敵な方」

男は驚いたように眉をピクリと跳ねあげましたが、すぐに

「空条承太郎」

と言って、花京院に合わせてステップを踏み始めました。

 

花京院はその名前が、海を挟んだ隣国の、第三王子の名前であることを思い出して、

「承太郎王子、本日は遠路はるばるお越しくださいまして、どうもありがとう」

などと話しかけながら、承太郎が誘いに乗ったことに気を良くして、優雅に体を動かします。

 

しかし、いつものように踊ろうと思っても、自分より背の高い男をくるりと回すことができません。

逆に、いつのまにか組み方を変えられていて、自分の方が承太郎の手によってリードされてしまいます。

 

「ほれ、回ってみろ。支えてやるよ」

なんだか楽しそうな様子の承太郎にそう囁かれ、花京院も悪い気がせずに、くるくるとその場で回りました。

硬い革靴でも、花京院は蝶のように軽やかに舞います。

随分と久しぶりに、彼はダンスを楽しいと思いました。

いつも大して踊りたくない相手と踊り、調子を合わせねばならなかったからです。

 

本来の花京院自身の実力を見せつけるように、思うさま自由に踊っていると、いつの間にか彼の見えない友達が現れていて、嬉しそうにリズムに合わせて揺れています。

花京院はなんだかとっても気分がいいので、いつものように

「ぼくの後ろにいる友だちが見えますか」

と承太郎に尋ねました。

 

「ああ、見えるぜ。光ったメロンみてーだな」

 

その言葉に花京院は驚いて動きを止めました。

すると承太郎は急に止まった花京院に対応できず、足を縺れさせ、結果2人ともバルコニーの床に倒れこんでしまいます。

 

「おい、危ねえじゃねえか」

強い口調ながら、どこも打ってねえか、と心配する承太郎を見つめながら、花京院は震えていました。

 

「ど、どうしてわかるんだい…今まで、誰にも見えなかったのに」

自分の頭がおかしいのではないかとさえ思っていたのに、突然現れた男が友達の外見をピタリと当てたものですから、花京院はびっくりして腰が抜けてしまいました。

 

「さあ、知らねえがな…運命の相手というやつ、か、も」

にやりと笑った男の後ろに、音もなく青い巨人が現れて花京院は息を飲みました。

しかし、巨人がその屈強な体躯に見合わず、随分と優しく緑の友達の触手を撫で、そしてその感触が自分に伝わってくるので花京院はますますパニックを起こしてしまいます。

 

「わああっ、触ってる、触ってる」

頬を真っ赤にして、擽ったそうにぴくんと体を跳ねさせる花京院の姿に、承太郎はゴクリと喉を鳴らしました。

それから、彼は己の巨人と同じように、そっと花京院の一房長い前髪を撫でました。

 

花京院はドキドキと鼓動を速めながらも、大人しく承太郎の愛撫を受け入れました。

なぜなら、自分の友達がすっかり巨人を気に入って、ニコニコと微笑んでいるものですから、承太郎を跳ね除ける理由がなくなってしまったのです。

 

「…ぼくは、今日、この友達が見える人を探していたんだよ」

まさかこんな大男だなんて、と花京院が呟くと、承太郎は神妙な顔で

「それで、おれはお前のお眼鏡にかなったのかよ」

と言いました。

 

花京院は顔を真っ赤にしてしばらく黙りこくった後、小さな声で傍の友達に尋ねました。

「君はどう思う」

彼の緑の友達はキラキラと輝きながら、そっと花京院の手を握ります。

友達の目は、どうぞ君の心の思うままに、と語っていました。

 

花京院はですから、ますます困ってしまって、でも、とかだって、とかもごもご言いました。

承太郎はそれに痺れを切らして、少しだけ強引に花京院の手を取ると、一転して恭しく甲に口付けます。

 

「…結婚してくれ」

 

承太郎は花京院の友達と同じ、きらきらした緑色の目で、じいっと花京院を見つめました。

それから低い声で、

「受けるのか、受けねーのか」

と照れ隠しなのか、乱暴な口調で言うものですから、花京院は思わず

「不束者ですけれども、よろしく」

と答えたということです。

 

2人は夜風の冷たいバルコニーで、互いの熱を求めてそっと体を寄せ合いました。

 

その後、しばらく姿の見えなかった息子が、大男を連れて広間に戻り、彼と結婚しますと告げた時には、お妃様も王様も、会場中の人間が驚きましたが、彼らの婚姻ののち両国は長いこと繁栄し、2人は小さな女の子を引き取って、仲良く暮らしましたとさ。

 

めでたしめでたし

 

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