時計を見ると既に日付が変わっていて、そろそろ寝るか、と俺が論文を書いていた手を止めると、青白い顔をした花京院が部屋に入ってきた。
「じょうたろ、おなかいたい」
今にも消えてしまいそうな、か細い声に俺は驚いて、すぐに彼を毛布でくるんでやる。
ぎゅうと俺の服を摘まんだまま、離そうとしない彼を寝かしつけるために、俺は花京院を抱き抱えたままベッドへ体を横たえた。
二人で寝られるように買ったキングサイズのベッドが、俺たちの体重を受けて柔らかく沈む。
小さく苦しげに唸る花京院の薄い腹を撫でてやると、彼が甘えるように体を寄せてくる。
何か言いたげな藤色の瞳に気付き、問いかけると花京院は泣きそうな声で答えた。
「ぼく、じょうたろの赤ちゃんがほしい…」
小刻みに震える彼の言葉を聞いて、俺は頭を殴られたような衝撃を受けた。
「だから昨日、中に出せって言ってきかなかったのか」
うん、と弱々しく返事をする花京院に胸が締め付けられる。
昨夜、彼が狂おしいまでに俺の精液を求め、頑なに後始末をさせなかった理由を理解して、俺は切なくなった。
花京院、男のお前は子供は産めねえんだ、という言葉が喉元まで出かかって、しかしいくら知能が低下したとはいえ、彼がその事をわからないはずがないと思い当たる。
彼は俺の子供を産めないことを知ってなお、あきらめきれずに求めているのだ。
痛みのせいか、悲しみのせいか、すすり泣きを始めた花京院を落ち着かせるように優しく抱きしめると、最近彼が好んで飲むようになったミルクの香りがする。
「…ぼく、女の子にうまれればよかった」
ぽつりと彼が漏らした言葉に、どうしてそう思うんだと聞くと、うるんだ瞳が俺を見上げてくる。
「…だって、そうしたら、じょうたろとけっこんして、子どもがうまれて、いつまでもいっしょにいられるもの」
飾らない短い言葉は、彼の気持ちを痛いほどに伝えてくる。
不安げに揺れる花京院の目を見つめて、俺は一つキスを送った。
「俺はな、世界で一番お前が好きだ」
花京院に言い聞かせるように、ゆっくりと俺は言葉を紡いだ。
「俺はずっとお前の側にいる」
だからお前はお前のままでいいと花京院を抱きしめると、彼が俺の背中に手をまわしてすがり付いてきた。
「ぼくも、世界でいちばんじょうたろがすき」
すき、だいすき、と舌足らずに繰り返す彼が愛しい。
じわりと彼の涙がしみて、胸の辺りが温かく濡れていく。
「ぼくを、すきになってくれて、ありがとう」
あやすように彼の背中を撫でながら、花京院はこんなに小さかっただろうか、と俺は思う。
筋肉が落ちて、か細く壊れそうな彼の体を抱く度に、俺が守ってやらなければという気持ちが強くなる。
難しい言葉が理解できなくなってしまった花京院に、俺の愛のいくばくかが伝わっているのかわからない。
時たま俺がいないほうが、花京院は心穏やかに過ごせるのではないかと思うことさえある。
だが彼のいない生活など、俺には考えられなかった。
彼がどれほど泣いて嫌がろうと、もう花京院を手放す気などない。
俺の胸に顔を埋めている花京院の乱れた髪をすいてやると、腿に彼の熱いペニスが擦り付けられた。
興奮してるのか、と尋ねればうんと彼が答える。
「腹が痛えんだろ、今日は抱かねえから休んどけ」
と彼だけを放逐させるためにそこに手を伸ばすと、花京院は焦れたように、もう治ったと駄々をこねた。
顔をのぞくと、確かに先程よりは頬の赤みも戻ってはいる。
だがな、と俺が渋い顔をしていると、花京院はごそごそと布団に潜り込んだ。
「おい、花京院」
ややして俺のズボンが下げられ、まだ反応していない性器が熱く濡れた何かに包まれた。
ちろちろと細かく動く舌と、硬い歯にぶつかる感触に、ペニスをくわえられているのだとわかる。
精神的には子供の花京院は、羞恥と葛藤がないぶん、以前より性に奔放になった。
彼の器用に動く舌先に翻弄されて、腰から抗いがたい快楽が沸き上がってくる。
堪えきれずに布団をめくると、下生えに手を添えて、一心に俺のものをしゃぶる彼の姿があらわになる。
大きな口を目一杯広げて、少し苦しげに俺を頬張る花京院の姿にくらりと目眩がした。
彼の一房長い前髪が、さわさわと下腹を刺激してくすぐったい。
強く吸ったり、かと思えばかすめるように微妙な刺激を与え、花京院は俺を翻弄する。
乱暴に口内を犯してしまいたい衝動を抑えて、俺はそっと彼の頭に手を添えると小さく呻いて吐精した。
昨日も散々出したというのに、どろりとしたその粘液は彼の口を犯し、飲み込みきれない分が花京院の顎を伝った。
ぴちゃぴちゃと残滓をすくいとるように舐めあげる、彼の目尻が紅色を帯びて美しい。
すぐにまた勃ちあがる自身に、花京院は嬉しそうに微笑んだ。
後孔をせわしく弄りながら、早くいれて、と急かす花京院の壮絶な色気にあてられて、俺は我慢できずにローションをたっぷりと自身に塗りたくった。
せめて体への負担が少ないようにと、彼を四つん這いにさせてゆっくりと後ろから繋がると、花京院がああ、と震える吐息を溢す。
柔らかく、しっとりとした花京院の中は、泣きたくなるほど心地よい。
彼の小ぶりな尻を掴み、腰を使うと大袈裟なほど花京院の体が揺れた。
「ぅん、んっ…ひぁ、あっ、ああっ」
くぷくぷと繋がった部分から卑猥な音が響く。
花京院の体から、脳髄が痺れるような花の香りがして俺は無意識に彼の首筋に噛みついていた。
「っうあ、じょうたろっ、いたいよ…」
花京院の首筋に、うっすら血のにじんだ歯形が残り、俺は何とも言えない満足感を覚える。
あまり体調の良くない彼を気遣って、優しく抱こうと思っていたのに、いつの間にか俺は乱暴に花京院を貪っていた。
「花京院、花京院っ…ガキなんか…産まなくて、いい…っは…俺の側に、いるだけで…いいんだっ…」
「うう、っん、ふあ、ぅあっ、じょ、たろっ」
ベッドに突っ伏して、シーツを強く握りしめている花京院に覆いかぶさり、俺を刻み込むように中を穿つ。
底知れぬ絶頂の予感を感じながら、じわじわと背骨が快楽の毒に浸食されていく。
甘露のような花京院の喘ぎ声と、結合部から立つ濡れた音が部屋中に響いて、俺の意志と関係なく大腿がひきつれたように痙攣した。
情交のたびに、俺と彼を隔てるこの皮膚の一枚にさえ、激しい苛立ちを覚える。
過ぎる快楽に声にならない叫びをあげて、精液を噴きあげる花京院の中に思うさま欲望をぶちまけながら、花京院と溶けあって一つになってしまいたいと俺は思った。
そのまま泥につかるように眠り込んで、目覚めるとやけにすっきりとした顔の花京院と目があった。
「じょうたろ、ぼく、ゆめを見たよ」
ぼくが、じょうたろの子どもをうむゆめだよ、と花京院は言った。
「小さな女の子でね、目がじょうたろとおそろいなんだ」
そうか、と答えると花京院は嬉しそうに笑った。
その彼の笑顔に少しの切なさがにじんでいるのを隠すように、俺は花京院にキスをした。
おしまい