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花京院典明、と私は退屈な古文の授業中、クラスメイトの名前をノートの端に書いて遊んでいた。ゆるやかな赤い巻き毛の彼は、「王子様」というあだ名がつけられていて、クラスの女子の羨望の的だった。そうして私もご多分にもれず、この学校の「王子様」に恋する国民の一人だった。


「王子様」は見目の美しさはもちろん、物腰も柔らかく、その上名前まで洗練されていた。彼と結婚する女の子は「花京院」という雅やかな名前を、彼と共に名乗ることを許されるのかと思うと、とても羨ましい。私は彼の美しい名前の横に、彼の名字と自分の名前を組み合わせたものを並べてみる。ふむ、なかなかよいのではないでしょうか。私はにんまりと口角を上げ、小さく鼻歌を歌った。彼の横に立っても見劣りしない美しい女性になりたい、と私は思った。


件の「王子様」は、私の隣の席で古文の教師に指名されて「竹取物語」の冒頭を音読している。涼やかな低い声は、人口密度の高い閉塞的な教室に、爽やかな風を運んでくるような気がした。一房長い前髪を時折耳にかけるようにしながら、花京院くんはつっかかることもなくすらすらと言葉を紡ぐ。花京院くんが求婚したら、かぐや姫だってきっといやとは言えないだろう。


私は授業の板書をとることも忘れ、45分のつまらない講義のほとんどをこっそりと彼を観察することに費やした。花京院くんは神経質そうな音を立てながら、ノートに文字を書き綴ったり、教科書にマーカーを引いたり、古語辞典で単語の意味を調べたりしていた。


退屈な授業も、最高に素敵な花京院くんを眺めているとあっという間に時間は過ぎていく。授業の終了を告げるベルと同時に、クラスメイトたちは早速帰る準備をし始めた。花京院くんも鞄に筆箱とノートと教科書をしまうと、私ににこっと微笑みかけてさよなら、また明日と手を振った。私は彼の笑顔にぽうっとなり、今日の「王子様」は一段と輝いていたね、と前の席の同じく花京院くんファンの友人と、興奮気味に彼の格好よさを共有した。


だからまさか、その後に彼のあんな姿を見ることになるなんて、その時は思いもしなかったのだ。

 

教室の掃除当番を適当に終わらせて、私は学校の裏手の体育館へと向かった。私が通う学習塾に行くのにこの道が一番近いのだ、ということを私はつい一ヶ月前に知ったばかりだった。体育館の横の道は舗装もされておらず、草が生い茂っているが、ここを通れば10分は短縮できるので仕方がない。慣れたもので私はセーラー服のスカートの端をつまみ、ひょいひょいと獣道を軽やかに進んだ。


そこで、私は小さな声を聞いた。むずがる赤子の泣き声にも似た、小さな声を。私は動きを止め、音のする方を振り返る。どうやら声は体育倉庫から発せられているようだった。


なんだろう、と私は止しておけば良いのに、好奇心に負けてそちらにふらふらと吸い寄せられて行く。あ、あ、と甘えるような、哀れみを誘うような声は次第に大きくなり、私は赤ちゃんが捨てられていたらどうしよう、と心配し始めた。そういう時は警察に通報すれば良いのかしら、と心臓をばくばくさせながら、体育倉庫の前まで来て、私はそれが赤子の声などではないことに気づく。その声が承太郎、と学校で有名な不良の名を呼んだからだ。


「じょ、たろ……っ、あ、あ……っ、すごい、そこ、すき……もっと、もっと……くだ、さい……」


ああ、とすすり泣く声に、私は聞き覚えがあった。それはつい30分ほど前に、さよなら、また明日、と私に話しかけた声と同じだった。さあっと血の気が引き、私は地面がぐらぐらと揺れるのを感じた。


「あ、あっ、きもちいい、じょうたろうのっ、おちんちん、きもち、きもちっ」


発情期の猫みたいな嬌声は、どんどん大きくなっていく。私は震える手で体育倉庫の扉をほんの少し開き、そして飛び込んで来た光景に、鈍器で頭を強く殴られた気がした。


「あっ、あああっ、あん、あ、あんっ、おしり、ずぽずぽされるの、すごい、きもちっ、あ、ああっ、あっ」

 

体育倉庫には、折り重なる二つの人影があった。七段の跳び箱に、裸の「王子様」がうつ伏せに寝そべっており、ズボンをほんの少し乱しただけの、一つ上の学年の有名な不良がその上に覆いかぶさっていた。「王子様」は整った顔を涙と汗と唾液でぐしゃぐしゃにして、快楽に溶けた虚ろな目で、不良が腰を打ち付けるたびに甘ったるい歓喜の声を上げていた。


「ひっ、ひんっ、ひぐ、も、もう、だめ、イク、またイク、じょうたろっ、あ、まって、お、おねがいっ」
「おいおい……ここまできて、待つわきゃあ、ねーだろ……っ、オラ、イけよ、情けないメス顔晒して、イっちまえっ」


ずぱん、と乾いた激しい音を立てて、不良の赤黒い性器が、真っ白な花京院くんのお尻の間に深々と突き立てられた。花京院くんは真っ赤な舌を出し、子犬みたいな鳴き声をあげて、背中を弓なりに反らせてがくがく痙攣した。


「〰︎〰︎〰︎〰︎〰︎〰︎〰︎〰︎っ♡」


もはやトランス状態になった花京院くんの体を、不良は容赦なくがつがつと貪った。そのたび、靴下と靴だけを履いた、花京院くんのすらりと長い細い脚が何度もゆらゆらと揺れる。私はこの前テレビで見た、アフリカのドキュメンタリー番組の中の、肉食獣に捕食されるかわいそうなレイヨウの姿を思い出した。


不良に犯される花京院くんは、脚の間からぼたぼたと白く粘ついた液体を零しながら、時折ぴくぴくと震えた。細くくびれた腰は、不良が鷲掴んだ手の跡がくっきりと残るほどで、お尻は激しい律動のたび、歪に形を変えていたが、花京院くんの薄い唇はうっすらと弧を描いていた。


「あ……っ、あ、ひっ、あ、あ……っ」


普段の彼からは絶対に考えられない蕩けた顔で、花京院くんは乱暴な抽送にも、恍惚と喘ぎ続けていた。私はそら恐ろしくなって、力の入らない脚で、ほとんど這うようにその場を後にした。塾に行くことなどは、完全に頭から吹っ飛んでいた。


どうやって家に帰ったかも覚えていないが、気づくと私は自分のベッドで震えていた。真っ暗な部屋で頭から布団をかぶって、私は必死に今日見たことを忘れようと努めた。

 

次の日、非常に行きたくなかったが、私はなんとか普段通りに学校に登校した。憂鬱な気持ちで、朝から何度もため息をついていると、私の悩みの原因になっているクラスメイトが隣の席に座った。おはよう、と彼は昨日の淫らな媚びた声とは違う、いたって普通のトーンで挨拶をし、にこっと私に微笑みかけた。私はというと喉に声が引っかかってしまって、ぎこちない挨拶を返した。
昨日、たしかに花京院くんは、空条承太郎に抱かれたのだ。優等生の仮面をつけて、そつなく授業を受けている彼は、品行方正なふりをしてその実、有名な不良の女だったのだ。細い腰で男を受け入れ、発情した雌猫みたいに尻を振って……

そこまで考えて、私は自分が泣いていることに気づいた。あれ、おかしいな、と思っても涙を止めることができない。突然泣き始めた私に周囲はぎょっとして、前の席の友人が心配そうにどうしたの、と声をかけてくる。

 

「違うの……なんでもないの……」


大丈夫かい、と背中をさすってくれる花京院くんの掌のぬくもりを感じながら、私はわんわん泣いた。告白さえできずに終わった初恋に、痛む胸を押さえて、私は子供のように泣きじゃくり続けた。

おしまい

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