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物心ついた時から、漫画がぼくの人生の全てだった。

ぼくの脳細胞からは常に泉のようにストーリーが湧き出で、小さな頃から息をするように絵を描いていた。
描きたくて描きたくて、漫画を描いていないと気が狂ってしまいそうなほどだった。

誰に教わらなくとも、ぼくは自然に漫画の書き方を覚え、出来た作品はみんなから賞賛された。
高校の時、初めて応募した作品が賞を取ってからはトントン拍子に連載が決まり、金も地位も名誉も、全てがぼくのものになった。

漫画を描くのは楽しかった。
そりゃあ偶にスランプになったり落ち込んだりすることもあったけれど、スケッチでもして手を動かしていればすぐに治った。
漫画の神様というものが、ぼくを愛しているのだと思った。
そうしてぼくも漫画だけを一生愛し続けるのだと思っていた。

東方仗助に会うまでは。



新しく買い直したドルクセル・ヘリテイジ社のソファに、仗助が寝そべっている。
その恵まれた体躯のせいで、嫌味ったらしくソファから脚をはみ出させて、彼は好きでもないぼくの漫画を読んでいる。

あの吉良吉影の事件からしばらくして、こいつの方からしどろもどろの告白をされた時、不思議と嫌悪感はなかった。
いつお互いがどうなるかわからない状況を経て、言っておかなければ後悔すると思った、という仗助の顔は真剣そのもので、ぼくが漫画を描くにあたって一番大事にしているリアリティがありありと感じられて、ぼくは一瞬気圧されてしまった。

あんなに嫌いだったのに、なんだかぼくはその時の、仗助の恋に輝くキラキラした目だとか、茹で蛸みたいになった真っ赤な頰に、不覚にも見惚れてしまったのだ。
優れた美的センスを持つ、この岸辺露伴の両目がこいつを美しい、と認めざるを得なかったのだ。
返事はといつになく弱気な声で問いかけられて、悪い気はしない、とぼそぼそ答えれば、ぎゅっと抱きしめられて露伴らしいっスとキスをされた。

それからぼくは仗助と付き合うようになり、彼は学校が終わればちょくちょくぼくの家に来るようになったのだ。
もはや、仗助の姿はぼくの家に馴染み、風景の中に溶け込みつつある。

「別に無理して読まなくたっていいんだぜ……」

香り高いダージリンの紅茶を飲みつつそう声をかけても、仗助は聞く耳を持たない。
ぼくが毎週命をかけて描いてる漫画を読んで、ぼくを少しでも理解したいらしい。
よくわからない。
目の前に本人がいるのだから、ぼくの漫画なんて退屈な授業の最中にでも読めばいいのであって、今はぼくに構えばいいのに。

昨日、原稿を書き終えてしまって手持ち無沙汰のぼくは、仕方なく仗助のスケッチを始める。
淡いクリーム色のクロッキー帳に、スケッチというには遅すぎるくらい、ゆっくりゆっくり丁寧に線を重ねていく。

特徴的な髪型の曲線、ハーフらしい高い鼻梁と豊かな睫毛、厚くセクシーな唇は、どれもが全て東方仗助として完成され尽くしている。
真剣な様子でぼくの単行本を読む、その気高く光る瞳を、殊更時間をかけて描いていたら、突然ぬっと影が落ちた。

「露伴先生、オレを描いてくれたんっスか?」

見せてくださいよ、と覗き込む彼から、咄嗟にスケッチを隠そうとするも、リーチの長い腕にやすやすとクロッキー帳を奪われてしまう。
やめろ、と震える声で小さく訴えるも、仗助の目は画面に釘付けになっている。
こんなに自分の絵を見られて、恥ずかしく思ったことなどなかった。

しばらく声も出さずじっとスケッチを見つめていた彼は、子犬みたいな嬉しそうな顔でにっこり笑い、すげー愛を感じる、と囁きながらぼくの体をゆっくりとソファに押し倒した。



「っ……ふ、う、うぅ……っ」

ギシギシ、と250万のソファが小さく悲鳴を上げている。
大きく開いたぼくの脚は、漫画ばっかり書いているせいか、仗助の鍛えられたそれとは違って、随分と生白く貧相に見えた。

「露伴……もっと、声出せよ……」

は、は、と短い息を吐きながら、こんな時だけ仗助は少し乱暴な口調になる。
なのに触れる手も、キスも、ぼくを突き上げるリズムも、どこまでも繊細でぼくはなんだか泣きそうになる。

汗ばんだ額に、はらりと落ちかかった前髪がひどく扇情的で、ぼくは自分の目がカメラじゃあないことを後悔する。
瞬きするだけでシャッターを切れるなら、ぼくは何枚でもこの光景を写真に残したい。

自分でも知らない体の奥深くを、何度も何度も擦りあげられて悲鳴が上がる。
体が熱くて熱くて堪らない。腰から下がぼくの意思と関係なく暴れ出している。

「う、あ、あ……っ」

ぐるぐると渦巻く欲望のはけ口を上手く見つけられずに、獣じみた声を上げて腰を振る。
体の芯がぐずぐずに蕩けてしまう。
訳のわからない焦燥に突き動かされ、仗助の体に縋り付く。
涙で滲んだ視界の端で、嬉しそうに奴が笑った。

「可愛いのな……露伴」

ちゅ、と首筋を吸われて鼻にかかった声が漏れる。
腹の中がふわふわして落ち着かない。
あ、あ、と意味を成さぬ喘ぎを漏らし、唇をぶつけるような下手なキスを送る。
もどかしくて、少しでも距離を埋めたくて肌を擦り寄せれば、すぐに望んだとおりに奥を突かれた。

「ん、うぅ……っ、じょ、すけ……っ」

4つも年下の男に組み敷かれて、いいように抱かれている自分が悔しくて、なのにそれが堪らなく気持ちよくて、ぼくの中に潜んでいた被虐性に驚かされる。
柔く膨らんだ箇所を刺激され、思わずぎゅう、とぼくの体の中に押し入ってる熱い塊を締め付けると、仗助が艶っぽい溜息を漏らした。
その時の顰められた太い眉が、彼を年相応に見せて、ぼくは少し嬉しくなる。

「あ、あっ、ちゃんと、お前も、う、あ……っ、気持ちいいか?」

休む間のない規則的な律動のせいで、上擦った声で切れ切れに問えば、掠れたうん、という返事が返ってきた。

「すげー気持ちよくて……う、あっ、我慢しないと、すぐ、出ちまいそうっス……」

ろはん、と甘えるような声で呼ばれて、胸がいっぱいになる。
こんな風に誰かと抱き合って、体温を交換することになるなんて、昔のぼくには想像もできなかった。

ぼくのパートナーたり得る、ぼくに相応しい人間など、この世にいないと思っていた。
誰にも縛られず、自由を求めて、ぼくは一生一人で生きていくのだと思っていた。
それが今、ぼくは仗助と一つになっている。
人生はわからない。

じょうすけ、と涙交じりの声で呼べば、優しいキスが来る。
発情した獣みたいに余裕なく腰を振り、ぼくを追い詰めるくせに、仗助のキスはどこまでも優しい。

彼の腰に脚を絡め、好きだよ、と囁く。
ぼくからの精一杯の告白に、嬉しそうに目を細めて、オレもと仗助が笑う。

「大好きっス……露伴……」

好き、大好き、と何度も告げられ、頭がぼうっとする。
真綿で包まれるような安心感にふわふわする。
優しく胸を吸われて思わず背が弓なりに反る。

もう出る、と弱々しく伝えれば、一緒に、と腰を抱えあげられた。
息つく暇もないほど、粘膜を擦られて、目の裏で火花が散る。
腹の中に温かな液体を注がれるのをぼんやり感じながら、じょうすけ、と自分でも驚くような、母親にすがる子供のような声で彼の名を呼び、ぼくは精を跳ね上げた。



ろはん、と己の名を呼びかけられてゆっくり目を開けば、叱られた犬のような、心配そうな顔をした仗助がいた。

「よかった……露伴、急に気絶しちまったから、オレびっくりしたっスよ」

無理させてごめんな、としょんぼりする仗助が、雨の中捨てられた子犬みたいだからぼくはなんだか可哀想になって、よしよしと頭を撫でてやる。

「……お前になら、何されてもいいよ」

顔から火が出るくらい恥ずかしいけど、そう小さく告げれば、ぼくの体はきつく仗助に抱きしめられた。

おしまい

 

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