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承太郎起きて、と揺り動かされて目を開けると、見慣れた花京院の顔があった。

はて、今まで自分は何をしていたのだったか。

寝起きでぼうっとしているおれの手を、花京院はぐいぐい引っ張り、早く帰らなきゃと急かした。

あたりを見渡せば、どうやらおれ達は薄暗い山道にいるようだった。

 

こっちだよ、と花京院が示す道の先には、法皇の触脚がどこまでも延々と伸びている。

花京院はいやに真剣な表情で、これから先食事を勧めてくる人がいるけど、何も食べちゃあダメだと言い、おれは彼に気圧されて無言で頷いた。

この道を通るには、随分と色々なルールがあるようだ。

 

所々砂利のある道はうっすらと湿っていて、足の裏にいやな感触を残した。

彼と彼のスタンドに案内され、視界の悪い道を進んでいくと、金の輪をはめた見覚えのある褐色の腕が水の入ったコップを差し出していた。しかしこれは誰の腕であったか。

そういえば喉が渇いた、と思うが先ほどの花京院の言葉を思い出し、おれはそれを無視して歩みを早めた。

その後もコーヒーと獣の香りがしたり、血のように赤いワインを差し出されたりしたものの、おれは花京院の背だけを見つめて足を動かす。

 

いったいどれほどの時間が経ったのかわからなくなるくらい歩いた後に、人がやっと一人通れるくらいの岩の洞窟が現れた。

君が先に行け、とぐいぐい花京院に背を押され、おれは仕方なく岩を潜ろうと体を丸めた。

花京院の方が細いのだから、通りやすいのではないか、おれが後の方がいいだろう、と言っても彼は聞く耳を持たない。

 

半分ほど体を押し込めた所で、花京院の体から甘いさくらんぼの香りがするのに気付き、そうすると今まで耐えてきた喉の渇きが強く自覚され、おれは思わずこう口に出していた。

花京院、チェリーを持っているのか、くれないか。

 

だが彼はそれに答えず、思い切りおれの背を押した。

バランスを崩して岩の洞窟を転がり落ちる瞬間、振り返ったおれは花京院が困ったように笑っているのを見た。

彼は何かキラキラと輝く小さな丸い物体を二つ投げ入れ、さようならと呟いた。

おれは眩い光に包まれながら必死に手を伸ばし、掌に固い感触を感じた所で気を失った。



 

目覚めるとおれは病室にいて、聞けば調査船が転覆して、三日間生死の境を彷徨っていたと告げられた。海に投げ出されたおれが通りかかった漁船に助け出された時、おれの体にはキラキラと輝く緑の蔦のようなものが見えたそうだ。

おれはその話を聞きながら静かに一人で泣き、船から落ちた時もずっと離さなかったらしい花京院の形見のピアスを強く握りしめた。

 

おしまい

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