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~少年期のふたり~

 

「はい」と花京院が余りにもそっけなく手渡すものだから、おれはそれが何なのか、全く見当もつかなかった。

真っ赤な包装紙に金色のリボンが巻かれたその箱は、店で買って包装を頼んだというよりは、誰かが不器用なりに心を込めて包んだように思われた。

一体何だろう、と思って渡された箱を興味深くしげしげと眺めていると、花京院が不機嫌そうにこう言った。

 

「……今日は、その、2月14日だろ。女の子にいっぱい貰って要らないのなら、返してくれ。ぼくが食べる」

 

そこでようやっとおれは理解した。

今日はバレンタインデーというやつだ。

 

「すまん、そういうわけじゃあない。その、お前から貰えると思ってなかったんだ……嬉しいぜ、ありがとな」

 

そっと花京院の手におれの手を重ね、彼の機嫌が直るように甘く、耳元でそう囁くと、彼は気の毒なほど真っ赤になって俯いてしまう。

 

「……開けてもいいか?」

 

と尋ねれば、小さな声でうん、と花京院が答えた。

しゅる、とサテン生地のリボンをほどき、慎重に紙を剥がせば、中から黒い小さな箱が現れる。

そっと蓋を取ると、中にはココアパウダーを纏ったトリュフチョコが6個、整然と並べられている。

 

花京院が苦戦しながら作ったのだろう、チョコの形が少し不格好なのが、また愛おしい。

指で優しく、形を崩さないようにチョコを摘まむと、芳醇なカカオの匂いがする。

とてもうまそうだ。

 

そのまま口に含もうとすれば、焼けるような熱い視線を感じ、気になって横を向くと、花京院が固唾を呑んでこちらを見ていた。

 

「おいおい、そんなに見つめられちゃあ食べ辛いぜ」

「あっ……そうか、ごめん」

 

途端、彼の顔がぱっと朱に染まり、焦ったように早口でそう言うと、花京院は恥ずかしそうに下を向いてしまう。

その伏せられた彼の薔薇色の頬が可愛らしく、おれは思わずそこに口づけていた。

 

「なっ……」

 

キスされた場所を手で覆い、驚いてこちらを振り返った花京院に、見せつけるようにチョコを頬張る。

やわらかなそれはすぐに舌先の熱で溶け始め、ほろにがい甘さが口内に広がっていく。

 

「うまい」

 

お前も食え、ともう一粒チョコを手に取ると、薄い彼の唇に押し込む。

んぐ、と呻きながら彼の口の中にチョコが落ちていき、花京院の眉が困ったようにしかめられる。

 

「……うん、ほんとだ。おいしい」

 

コロコロと味わうように口の中でチョコを転がし、花京院はそう呟いた。

体温で溶けてしまったチョコと、ココアパウダーの付いた指先を彼の口元に寄せれば、花京院が赤子のようにちゅう、とおれの指を吸う。

 

その仕草にずくり、と腰に熱が溜まるのを感じ、おれはまるで花の蜜に蝶が吸い寄せられるように、彼の唇に自分の唇を重ね合わせる。

絡めた彼の舌からは、あまいあまいチョコの味がして、おれはその甘美さにうっとりと目を閉じた。

 

 

 

~青年期のふたり~

 

「ごめん」と突然何の前触れもなく、泣きそうな顔で花京院が謝る理由が思いつかず、おれは首をかしげた。

 

「どうした、なにがあった」

 

花京院をなるべく刺激しないように、優しい声色を作ってそう尋ねると、彼は申し訳なさそうにこう言った。

 

「最近忙しくて、ぼく、すっかり忘れてたんだ……今日が2月14日だって。それで今年は手作りできなくて……その、これ、買ってきたやつなんだけど」

 

本当にごめん、と言って彼が差し出したのは、有名な菓子メーカーの名前が包装紙にプリントされた、高級そうな小さな箱だった。

 

そこでようやっと、行事に疎いおれにも察しがついた。

今日はバレンタインデーというやつだ。

 

不安そうな顔をした花京院を、おれは安心させるためにそっと抱きしめた。

 

「花京院、おれはお前がくれるもんなら、何だって嬉しいぜ……ありがとな。お前が忙しかったことも知っている。そんなお前が、今日をおれと一緒に過ごしてくれるだけで、おれは幸せだ」

 

愛しげにそう言えば、花京院は頬を染めて、恥ずかしそうに縮こまってしまう。

付き合って何年もたつのに、いつまでたってもおれの恋人はシャイなままで、こういう甘い雰囲気になると照れくさそうに顔を隠すのだ。

 

おれは恋人の特権として、柔らかな赤毛から漂う花の香りを肺いっぱいに吸い込み、つむじにキスを落とすと、彼がくすぐったそうに笑う。

 

「なあ、紅茶を入れてくれねえか、二人で食べようぜ」

「……うん」

 

はにかむように微笑む花京院と、とりどりの形をしたチョコを互いに食べさせあいながら、おれはこの上ない幸福な時間を過ごしたのだった。

 

 

 

~壮年期のふたり~

 

「承太郎」

 

昨夜も、たっぷりと愛を交わしたばかりの恋人に名前を呼ばれ、オレはくしゃくしゃに乱れたままのベッドから気だるい体を起こした。

朝日の差しこむ部屋の中には、豊かなチョコの香気が広がっている。

 

「毎年、チョコばっかりなのも芸がないだろう。だから今年はこれ」

 

はい、と随分楽しそうな様子の花京院は、揃いのマグカップの片方をオレに手渡した。

温かく湯気の立ったそのマグには、まろやかな茶色の液体が満たされている。

ミルクの優しい香りと、チョコレートの甘い香りが混じり合い、ふわりとオレの鼻腔をくすぐった。

 

ああ、今日は2月14日か、とオレは納得した。

 

「ホットショコラだよ。チョコと牛乳と生クリームと、隠し味にオレンジピールを少し」

 

熱いのかセーターの袖を引っ張り、それで包み込むようにマグを持ちながら、花京院がふーっと息を吹きかけると、つるの細い彼の眼鏡が白く曇っていく。

その姿に何故か胸を切なく締め付けられ、オレは改めて彼が隣にいる幸福を実感する。

 

「どうしたんだい?ほら、ぬるくなってしまうよ」

 

はやく飲んでくれよ、と彼に促されてマグに唇を寄せれば、ミルクと生クリームによって上手くまとめあげられた、濃厚なチョコの味が口の中いっぱいに広がった。

上品な甘さが後を引き、その中に爽やかなオレンジの酸味がすっと通っていく。

 

「おいしいだろう、テレビで見たんだ」

 

へへ、と得意げに笑う花京院が愛おしく、思わず情事の痕跡が残る首筋に顔をうずめると、花京院がやわらかくオレを抱きしめる。

 

「……いくつになっても甘えん坊だな、君は」

 

かすかに傷跡の浮かぶ目を細めて、そう呟く花京院からマグを奪い、オレは彼を再びベッドの中へと誘い込んだ。

 

おしまい

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