「花京院、花京院」
恋人に名前を呼ばれて、ぼくはぐったりとベッドに体を預けたまま、視線だけをそちらに投げ……そして言葉を失った。
「お前、最近中イキばかりで、うまく射精できなくなってしまっただろう?」
承太郎の手に握られた、ぐんにゃりと力なく垂れる筒状のもの。
実際にこの目で見たことも、使ったこともないけれど、ぼくは知識としてそれが何かは知っている。
それは、そのぷるぷるとやわらかい、シリコンでできた透明の筒は、いわゆるオナホールというものだ。
「オレのせいで、お前は一生童貞だろうし、その上勃起もままならないのは、さすがに可哀想かと思ってな……昔はセックスに道具を使うなんて嫌だったんだが、今はお前のために何でもしてやりたい気持ちなんだ」
気持ちよくしてやるからな、そう言って彼は笑い、散々抱かれたせいで腰の立たないぼくに迫ってくる。
「いいっ……そんなこと、しなくていいから……っ、いやだ、やめてくれっ」
逃げたいのに脚が言うことを聞かず、ベッドの上を尻でずり上がることしかできなくて、情けなさに涙さえ浮かび、視界がぼやける。
承太郎は、オレとお前の仲だ、遠慮するな、などと的外れなことを言って、手に持ったそれにとろとろと水っぽいローションを注いでいる。
「非貫通式だから、この中にぶちまけても、ベッドが汚れなくていいだろう?それに半勃ちしかできないお前でも挿入できるように、ゆるめのやつにしたから、安心しろ」
にこりと美しく微笑む彼に、ぼくは怯えて後ずさる。
承太郎に前立腺を擦られて、ペニスに触れられることもなく絶頂を迎えているのを、女の子みたいにびくびくと体を震わせ、精液を零すこともなく達しているのを、知られるのが嫌で必死に隠していたのに。
後ろから犯されることばかり強請り、前から抱かれる時は強く密着することや、キスで彼の気をそらしていたつもりだったのに。
ぼくが上手く射精できないことに、彼はいつから気がついていたのだろう。
「やだ……っ、ほんとに、やっ、ゆるして、じょ、たろっ」
いくぞ、と承太郎が耳元で囁いて、ぼくの性器を手に取る。
一度も雄としての役割で使ったことのない、ゆるく兆したそれが、ぐぷ、と卑猥な音を立てて、少しの抵抗の後に飲み込まれていく。
「ひぎっ」
なんだこれ、なんだこれ。
ぞくっ、と背骨を体感したことのない快楽が駆けていく。
ペニス全体を、つぶつぶとした無数の突起に包まれている。
自分の手で擦ったり、承太郎に扱いてもらうのとはまた違う、腰が抜けるような感覚に、目の前がチカチカする。
「ちょっとずつ、前でイケるように、オレと練習していこうな」
顔を真っ赤にして、ひいひい喘ぐぼくの反応に気を良くして、承太郎がオナホールを上下させる。
ぐちゅ、ちゅぶ、にちゅ、と空気とローションが混じり合ういやらしい音を立てながら、ぼくの性器が搾りあげられる。
「ひっ、ひんっ、ひっ……じょ、たろっ、やめて、も、やめてくらひゃいっ」
強烈すぎる刺激に舌が回らない、体がついていかない。
びくびくと魚のように体を跳ねさせ、髪を振り乱してぼくは悶える。
なのに、何十年も承太郎に抱かれ続けて、馬鹿になったぼくの性器はいまだ、上手く精液を吐き出せずに震えていた。
「やはり、前だけで急には難しいか……」
一向に白く濁らず、透明なままのオナホールを冷静に観察して、承太郎はそう独りごちた。
「お前は後ろも刺激しないと、イケない体になっちまったんだな」
無理させて悪かったな、今挿れてやるから、そう言って承太郎はぼくの後孔に長大な性器をあてがう。
先ほどまで何度も突かれ、擦られ、中にたっぷりと精液を出されたそこは、ぴとりと先端を当てられただけで、これからの行為への期待に震え、承太郎のペニスにキスでもするみたいに、物欲しげにヒクついた。
しかし、嬉しそうに悦ぶアナルと正反対に、ぼくは恐怖に慄いた。
「まって、いれるなら、オナホはとって、おねがい、まっ――」
ずん、と途轍もない衝撃が体を襲い、ぼくは悲鳴をあげて仰け反った。
「あ、ああっ」
間髪入れずに、承太郎が荒々しく突き上げてきて、ぱんぱん、と彼の下腹が尻に打ち付けられる乾いた音が響く。
それだけでも気を失いそうなくらいの刺激なのに、承太郎はぼくのペニスを包むオナホールを握りこむと、激しく上下させた。
「やらっ、やらぁ……っ、ひっ、ひぐっ……し、しんじゃう、きもちよすぎて、しんじゃうよぉ……っ」
じゅぽっ、じゅぽっ、とぼくのペニスがオナホールに出入りするたび、耳を塞ぎたくなるような、卑猥な音が聴覚を犯す。
性器をやわらかく搾りあげられ、後ろを硬い楔で抉られ、強過ぎる快楽から逃れようと承太郎の胸を叩くけれど、甘く痺れた手では力など入らず、ぺちぺちと肌を撫でるだけの結果に終わる。
体のあちこちで、小さな爆発が起こり、目を開けていられない。
承太郎に縋り付いても、下腹が坩堝のように熱く煮えたぎり、渦巻いて、体が震えてしまうのを止められない。
こわい、と涙ながらに訴えれば、承太郎がまるで子供でもあやすように、よしよしとぼくの頭を撫でる。
ぼくをこんな風にめちゃめちゃにしているのは、他でもない承太郎なのに、彼の優しい仕草、懐かしい匂いに胸がいっぱいになってしまう。
もうイク、と情けない声で承太郎に伝えると、突然ぴたりと彼が動きを止めた。
すぐそこまで恍惚の瞬間が迫っていたのに、急にお預けを食らって、ぼくはひくっと喉を鳴らした。
「なあ、花京院、オナホと、オレと……どっちが、気持ちいい?」
はあっ、と荒い息をこぼしながら、ギラギラ光る獣の目で承太郎が聞いてくる。
ぼくの一等好きな緑の瞳、いつもキラキラとして、眩い星をたたえた双眸。
今は熱く、とろりと蜜のように潤んだその目に見つめられ、ぼくは夢中で叫んでいた。
「じょうたろうっ、じょうたろうの、生ちんぽのほうが、きもちいいの……っ」
はやくちょうだい。
涙で顔をぐしゃぐしゃにして、我慢できずに堪らず腰を振りたくれば、重たい一撃がぼくを襲う。
ひっと息を飲んで下半身を見やると、今までは片手で押さえつけられていた腰が、承太郎の両手によってがっしりと掴まれており、激しく上下に揺さぶられる。
目の飛び出るような、猛烈な快楽の嵐が吹き荒れ、電気を流されたみたいに体が痙攣する。
「ひ、ひぎっ、しゅごい、あ、あ、ああっ、らめ、らめっ、らめぇ……っ」
もう自分が何を口走っているのかわからない。
体の下にベッドなどないような、どこまでも落ちていってしまうような感覚に捕らわれ、必死に手を伸ばす。
承太郎に突き上げられるたび、ずくずくと下腹が疼き、甘く重く痺れていく。
スピードを増した律動に、意識が白く塗りつぶされてしまう。
「あっ、ああっ、じょうたろっ、いく、いくっ、いっちゃう、ん、ああっ――」
逃げ場のない快楽が全身を覆い尽くし、物凄い力でもってぼくの形骸を吹き飛ばしたとき、一際高く啼いて、ぼくは精液を噴き上げていた。
ひくひく、とだらしなく閉じ切らない後孔からは、大量の承太郎の精液が、ごぷりと流れ出している。
散々叫び、狂い悶えて、ぼくはあまりの疲労に指一本動かせず、糸の切れた人形みたいに、体液で汚れたベッドにぐったりと横たわっていた。
「上手く出せたじゃあねえか」
力なくへたりとしたオナホールの中に放たれた、どろりと濁ったぼくの精液を、たらたらと掌の上に垂らして、承太郎は満足げに笑っている。
「よく頑張ったな、これからも少しずつ慣らしていこうな」
えらいえらい、と承太郎がぼくの頬を撫でてくれるのは嬉しいけれど、もうオナホールで苛めるのはこれっきりにしてもらいたい、と思いつつ、ぼくは喉が掠れて声も出せず、ひくりと顔を引き攣らせたのみだった。
おしまい