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ふと夜中に目が覚めて隣を見やると、恋人がベッドの上で上体を起こしていた。

 

「どうした」

 

ヘッドライトを小さく灯せば、薄明かりに照らされた花京院の顔が浮かび上がる。

曖昧な笑みを浮かべたその顔が、紙のように白く血の気を感じさせないものだから、おれは息が止まりそうになった。

慌てて彼を抱き込むと、花京院はか細い声で大丈夫だと告げた。

 

「ちょっと…お腹が、痛くて」

 

へへ、と力なく笑う彼は、びっしょりと冷や汗をかいていた。

つい先ほどまで、散々おれがその体を突き上げていたせいかと問えば、違うと彼は答えた。

 

「毎年、一年に一回、このぐらいの時間に…理由もなく、お腹が痛くなるんだ」

 

ぼくにも、わからないんだけど、と困った顔をする花京院のパジャマを、おれは許可も取らずに脱がしていく。

花京院はそれに文句も言わず、くたりと身を任せていた。

 

 

 

花京院の腹には、大きな痣がある。

それはまるで何かにぶち抜かれたように、背中の同じ位置にもあって、掌を大きく広げたくらいの大きさがある。

赤黒く変色し、そこだけ皮膚の引き攣れたその痣を、花京院はひどく恥じていた。

 

おれたちが恋人になってまだ間もない頃、初めて体を繋げようと試みた日に、花京院は

 

「服を着たままで、しないか」

 

とおれに提案してきた。

 

「なぜだ」

 

と問えば、彼は俯き、

 

「ぼくの体には大きな醜い痣があって、君をきっとがっかりさせるから」

 

と言った。

おれは彼のそんないじらしさを、非常に好ましく思った。

 

しかし、おれが好きになったのは、そういう花京院の本質的な部分であったので、おれは彼の体に痣があろうが、傷があろうが、構わなかった。

おれがその旨を伝えると、花京院は

 

「じゃあ、電気を暗くしてくれ」

 

と頼んできた。

もちろん、おれはそれも断った。

 

「花京院、おれはお前の全てを知りたい」

 

好きだ、と花京院の形の良い耳に囁けば、彼はふるりと体を震わせて、熱い吐息をこぼした。

 

「…ぼくだって、好きだ」

 

おれの熱意に押し切られ、彼は大人しく何も隠すものがなくなった、生まれたままの姿をさらした。

頬を真っ赤に染め、恥ずかしそうに俯く花京院の体には、確かに彼の言うように大きな痣があった。

 

しかし完璧なものよりも、少しのアンバランスさを内包した方が、得てしてより美しさを増すものだ。

彼の整った顔の中の大きな口のように、おれは均整の取れた体の中の大きな痣をすぐに気に入った。

 

その晩、二人は不器用ながらに番い、おれは余すところなく彼を愛し、花京院も精一杯おれに応えた。

何もかもさらけ出し、おれの下で小さく喘ぐ花京院を、おれは堪らなく愛しく感じた。

 

 

 

あれから幾度となく花京院と共に夜を越え、今日…いや、つい先ほど日付けを跨いでしまったから昨日も、おれたちはベッドの上でもつれあいながら、一つになっていた。

 

初めの頃よりは、随分と行為に慣れて快楽を拾うことが上手くなった花京院に、おれの箍が外れてしまうことも最近はしばしばあったから、そのせいで彼の具合が悪くなったのではないかと思ったが、どうやらそうではないらしい。

 

痛みに顔をしかめ、荒い息を吐いている花京院の薄い腹を、そっと撫でてやると彼がゆっくりと目を閉じる。

 

「少しは楽か」

 

と問えば、花京院はこくりと頷いた。

 

「ありがとう…承太郎の手はあたたかいな」

 

気持ちいいと呟いて、花京院はおれの肩に頭を預けた。

汗の浮かぶ額に口づけてやると、くすぐったそうに彼が笑う。

 

しばらくそうやって腹をさすっていると、花京院が何事かをおれに囁いた。

その内容が聞き取れず、彼の唇に耳を寄せると、今度ははっきりと花京院が言葉を紡ぐ。

 

「抱いてくれないか」

 

一瞬、意味が飲み込めずにおれは間抜けな顔をさらした後、今度はぎょっと目を見開いた。

 

「おいおい、さっきまで腹が痛えって言ってたじゃあねえか」

 

いいから休め、と彼を寝かせようとすると、花京院は頭を振ってむずがった。

今まで、花京院がこれほどまでに頑なだったことなどなく、おれは驚く。

 

「寒いんだ」

 

なんだか、ぽっかり穴が開いたみたいに、と花京院は言う。

 

「君で、埋めてくれよ」

 

お願い、と花京院の唇が動いたのを見た瞬間、おれは乱暴に彼に口づけていた。

 

 

 

ぐぷ、と先ほど中に放った精液とローションが混じり合う卑猥な音を立てて、花京院のそこは抵抗なくおれを受け容れた。

きゅうきゅうと吸いつく粘膜に、手足が痺れ下腹が熱くなる。

恍惚の海に浸かったおれの脳は、花京院のことでいっぱいになって、他のことは何も考えられなくなってしまう。

 

「花京院、花京院…」

 

はあはあ、と荒い息の合間に名を呼べば、花京院は爪先を丸めびくびくと内腿を痙攣させながら、必死におれの体にすがりついた。

しっとりとした白磁の肌、その中心に横たわる歪な痣、切なく震える薄桃色のペニス、貪欲におれを飲み込む後孔。

 

清廉さといやらしさと、相反する二つの性質を矛盾なく内在させる彼に、どうしようもなく惹きつけられる。

彼を知れば知るほど、もっともっとと欲望がとめどなく溢れ、尽きることがない。

 

華奢な腰を掴んで引き寄せ、根元までおれを咥えこませる。

ばつん、と肉と肉がぶつかる乾いた音が部屋に響く。

少しの隙間さえも許さないというように、花京院が長い脚を絡め、おれを引き寄せる。

彼の体の上に倒れ込むような恰好で、おれは無茶苦茶に腰を振った。

 

「んあっ、じょ、たろっ…ん、はっ、あっあ、う、んっ、ああっ」

 

一房長い髪を振り乱し、汗を散らして花京院は喘ぐ。

おれの動きに呼応するかのように腰をくねらせ、悶えている。

たん、たん、たん、と規則的に腰を打ちつけて追いつめてやれば、彼はのけぞり白い喉をおれの眼前にさらした。

 

「んっく、う、あ、はあっ、あ、ああっ、ひっ、も、だめっ」

 

イク、と焦ったように花京院が訴え、潤んだ菫色の瞳がおれを見た。

愛欲に濡れた彼の目は、とろとろと溶けつつも、星のようにきらめいている。

 

イケよ、と少し乱暴な口調で彼に命じて、ガツガツと奥を突き上げてやれば、花京院は声にならない悲鳴を上げておれにしがみついた。

その体がすぐにガクガクと痙攣し、おれの腹に何かあたたかいものが散る。

間髪いれずにぎゅうとおれを包む粘膜が強く収縮して、目もくらむ快楽が襲い、おれは獣のように呻いて彼の中に熱を吐きだした。

 

 

 

どくん、どくん、とペニスが脈打って彼の体内におれの遺伝子が注ぎ込まれているのを感じながら、おれはうっとりとため息をついた。

 

放たれた欲望を一滴も零すまいというように、花京院の粘膜が絞りあげるように蠢き、うまそうにおれの精液を飲み込んでいく。

それにおれはひどく満足して、花京院の心臓の上にキスを落とした。

 

「あ、あ、ああ…で、てる、君のが…」

 

ふふ、と大きな口に弧を描いて、花京院も嬉しそうに笑う。

妊婦が膨らんだ己の腹を撫でるように、彼は愛しげにおれの熱で暖まった腹を撫でた。

 

「あ」

 

すると、どういうことだろう、突然花京院の腹が光り出した。

その光は彼の内側から、蛍のように淡く、緑色に輝く。

 

「なんだろう、これ…すごい」

 

ゆっくりと、光は強くなり、弱くなり、明滅を繰り返す。

薄暗い部屋で、ぼんやりと彼の腹は神秘的な光を纏っていた。

 

「電気、消してくれよ」

 

彼にそう頼まれて、おれは小さく点いていたヘッドライトをそっと消す。

真っ暗な闇に包まれた部屋で、花京院の体だけが美しく光っている。

 

「…綺麗だな」

 

なんだか、その緑の光に言い知れぬ懐かしさを感じながら、おれは呟いた。

うん、と答える花京院の顔が、緑色に照らされている。

 

「この光、ぼく、ずっと前から知っているような気がする…」

 

今、はじめて見たのに、と花京院は不思議そうに言う。

 

「なんだか、この光を見ていると、ひどく安心するね…」

 

ほう、とため息をついて花京院は薄い腹を撫でた。

おれは彼の腹におかれた手をそっと自分の手で覆い、その優しい緑の光を閉じ込めるようにしながら、おれもそう思う、と彼に囁いた。

 

 

おしまい

 

 

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