はあ、と花京院典明はため息をついた。
体が熱くて熱くて仕方ない。発情、している。獣のように。
「ん…」
そろり、と身長の割には小さい滑らかな手を、パジャマのズボンの中に忍ばせる。
乾燥して少しかさついた指先が、既に熱を持ったそこに触れた途端、甘く微細な電流が走り、思わず上がりそうになる声を寸での所でかみ殺す。
は、は、と切れ切れに息を吐きながら、ちらりと花京院は隣で眠る恋人を見やる。
度重なるフィールドワークと、数本の論文のために疲れきって、深い眠りの世界に入った彼を、浅ましい己の欲望のために起こす気には到底なれない。
承太郎、と音にすることはせず、ひそやかに唇だけで形を作りながら、茎を擦りあげれば、シュ、シュ、という微かな音もやけに響く。
時折指先が敏感な先端を掠めるたび、ぴくりと体に力が入り、ほんの僅かばかりベッドが沈む。
そんな小さな刺激でさえ、承太郎が起きてしまうのではないかと気になって、花京院はぶるりと体を震わせた。
「う、う…ん、ふ…っ」
次第に段々と手の動きを速め、幹を乱暴に擦る。
とろとろと粘液を零す蜜口に爪を立て、腰を捩る。
じわじわと確かに欲望の炎は下腹を焦がしているのに、決定的な一打が足りない。
早く終わらせなければ、と思えば思うほど、上手く集中できずもどかしい。
どうして、と花京院の眦にはじわりと涙さえ浮かぶ。
燻ぶる熱を早く解放したくて、あの恍惚の瞬間を早く味わいたくて、気持ちばかり焦っていく。
乾いた体が承太郎を求めて泣いていて、とても自らの手に負えそうにない。
「うぅ、ん…ひ、ひんっ…」
承太郎のやわらかい唇、承太郎の燃える手、承太郎の確かな肉体を欲して体が疼く。
必死に記憶をたどり、彼の愛撫を真似てみるけれど、自分の拙いそれは恋人のものとは何かが違って、物足りない。
切なく、冬の木枯らしのような寂しさに、涙がぽろぽろと零れてくる。
耐えきれずに承太郎、と唇が小さく名前を呼ぶと、頬に温かな感触が降ってきて、花京院は目を見開いた。
「じょ、たろ…」
驚きを隠せない花京院が再び名前を呼ぶと、承太郎は恋人の震える吐息ごと、奪うような口づけをした。
「…隣であんないやらしい声出されて、眠っていられるわけねえだろう」
遠慮しねえで次からはさっさと起こせ、と言って、承太郎は花京院のパジャマの中に手を滑り込ませる。
彼は突然の出来事に恋人が動けないのをいいことに、花京院の手の上から性器を握りこむと、緩急をつけて扱き始めた。
「あ、あ…っ、や、だっ、いつ、から…っ、あ、あ、ひっ…」
呆けて真っ白になっていた脳に再び、今度は予測のできない他人からの刺激のシグナルが伝わって、花京院は掠れた声を上げた。
ああ、恥ずかしい、嫌だ。
自分ばかりが好きで、恋の迷宮に囚われているようで、花京院は羞恥に目を瞑る。
それでも淫らな体は承太郎からの愛撫に歓喜し、浅ましく悦んでいる。
「あ、ああっ、じょうたろ…うぅ、んっ、ふ…っ」
気持ちいいか、と耳元で囁く声は低く、花京院の体中に張り巡らされた官能の糸がざわめく。
魔法のような恋人の声に、花京院は何も考えられなくなり、夢中で何度も頷いた。
「いい…っ、じょうたろうの、手、あつい…っ」
海の生き物を扱う仕事のせいか少し荒れた指先は、火傷しそうな熱を与えてくる。
研究熱心な承太郎の、深く知性をたたえた緑の瞳に、悶えて腰をくねらせる自分はどんなふうに映っているのか、花京院は考えたくなかった。
承太郎に、自分がどんどん変えられてしまう。
理性を、プライドを、仮面を一枚ずつはがされ、何も隠すもののない、丸裸の“花京院”をさらけ出され、為すすべもない。
「花京院…」
きれいだ、と瞳を蕩けさせて、承太郎は言う。本当だろうか。
こんな風に脚を大きく開き、動物みたいに単純で滑稽な自分を、彼はいつまでも好きでいてくれるのだろうか。
泣きたくなりそうな不安と、それさえもどうでもよくさせてしまう快楽と、限りない愛しさと、マーブル模様になった心に花京院はいつも戸惑うばかりだ。
「も、もう…いい、からっ、いれて…」
さみしい、と情けなく震える声で恋人の熱を乞えば、承太郎は花京院をあやすように頭を撫で、それからゆっくりと自身を侵入させてきた。
「あ、ああ…っ」
ぬくく、とやわらかく熟れた粘膜をかき分け、狭間に彼が入り込んでくる。
待ち焦がれたその衝撃に、屹立は腹に付くほど反り返って涙を零し、恋人を飲み込んだ胎内は、その熱を更に奥へと引き込もうと蠢く。
気持ちいい。
満たされる幸福にどこまでも五感が鋭敏になって、体が光の粒子になって溶けてしまいそうだ。
頬を伝う液体に、花京院は自分が無意識のうちに泣いていることを悟った。
「んぁっ、そ、こいいっ…きもち、いぃっ、ん、は、ぁっんっ」
承太郎が花京院の腰を掴み、揺さぶりをかけてくる。
嬌声を飲み込むように、酸素を奪うように彼が口づけてきて、花京院は快楽に溺れていく。
擦られた口蓋が、絡んだ舌が、混ざり合う唾液が思考を奪う。
悦びが体中から溢れかえり、己という枠組みが決壊してしまいそうだ。
がくがく、と体はすでにコントロールを失って、好き勝手に暴れている。
目の裏でハレーションがおこる。
内壁はしっかりと承太郎を咥えこんで、彼を離すまいとぎゅうぎゅうと締めつけている。
律動がいよいよ激しくなり、ほとんど泣き叫ぶように声を上げる。
短く切りそろえられた爪を、承太郎の背に立てて体を震わせる。
「あ、ああっ、すごい、だめ、も、いく、いく、いく…っ」
快楽の嵐が吹き荒れ、一瞬、何もかもわからなくなる忘我の極致が訪れる。
あ、あ、と閉じ切らない口から意味をなさぬ音が吐息と共に漏れ、びゅるっ、と勢いよくペニスから青臭い液体が飛び散る。
びくびくと腹筋が波打つと同時に、体の奥で熱がはじけ、承太郎が眉を寄せて息を詰める。
絶頂にぶるるっと体を震わせる彼の、額に落ちかかった黒髪がやけに艶やかだ、と花京院は思った。
いつから、と情事に掠れた声で問えば、恋人はにたりと笑った。
「さあ、ようわからんが」
割りと最初の方からじゃあねえか、と答える彼を、意地悪だなあと花京院は思う。
悪戯好きの子供のように、くつくつと笑う承太郎を非難するように足で小突くと、彼はそれを掴んでべろりと舐めあげてきた。
「ちょ、ちょっと」
やめろ、とくすぐったさに体を捩ると、そのまま足指をしゃぶられる。
ぞぞ、と背筋を這い上がる快楽に頬を赤らめると、可愛いやつ、と承太郎は笑い、大きな腕で花京院を再び絡め取ったのだった。
おしまい