
エピローグ 夢をみる二人
何かひどく悲しい夢を見た気がして、花京院典明は目を覚ましました。迷子になった子供のように急に心細くなり、ベッド横の明かりを小さく点けて隣を確かめると、そこには恋人である空条承太郎が、穏やかな寝息をたてて眠っていました。
そこでようやく花京院は安心して、そっと明かりを消します。恋人の体温をより近くに感じようと、花京院はもそもそベッドの上を移動し、承太郎に向きあうように恋人のすぐ側に横になりました。
暗闇の中でも段々目が慣れてくると、ぼんやりと承太郎の姿が浮かび上がってきます。いつもは眉間に深く皺が刻まれているせいで、人々に近寄りがたい印象を与えてしまう恋人が、眠っている時はひどく幼い表情であるのが、花京院は好きでした。
愛しい承太郎の、呼吸でゆっくりと上下する胸、伏せられた長い睫毛に、花京院は何故か胸を締めつけられるような気がして、思わず恋人の背に腕を回すと、顔を寄せてふっくらとした唇に自分のそれを重ねていました。
「ん……」
するとぴくりと承太郎の瞼が震え、ほのかにグリーンがかった瞳が花京院の姿を捉えました。
「……花京院?どうした、目が覚めちまったのか」
自分のせいで起こしてしまったというのに、文句も不満も言わず、ぱちぱちと何度か瞬きをした後に、そっと抱きしめ返してくれる恋人に、寝ていたのにごめん、と言えば別に構わねえ、と返事が返ってきました。
「怖い夢でも見たか?」
子供のようにしがみついてくる花京院の顔を覗き込み、承太郎はそう尋ねました。優しく髪を撫でてくれる恋人の温かな手に、花京院はふいに胸がいっぱいになり、彼の目からは勝手にぽろぽろと涙が溢れてしまうのでした。
じんわりと胸のあたりが濡れる感触に、承太郎も花京院が泣いていることに気がついたのでしょう。承太郎は心配そうに、しゃくりあげる花京院の背を擦ります。
「承太郎……すき、だいすき……」
どこにも行かないで、と花京院が小さな声で懇願すると、承太郎の逞しい腕に力強く抱き返されました。
「おれはどこにも行かねえ、ずっとお前の側にいてやる」
お前もおれから離れるんじゃあねえぞ、という恋人の言葉に、花京院はぐずぐず鼻を鳴らしながら、何度もうん、と頷き、ドクドクと確かな鼓動を刻む恋人の胸に、顔を埋めて静かに泣きました。
おしまい